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「エリザ」
グラントの声に記憶の泥沼から引き戻される。静かに振り向けば、グラントは僅か後方で1つの扉の前で立ち止まっていた。
「すまない」
「大丈夫か、本当に」
会議室の扉の前まで戻り、すっと肩を落とす。
「……らしくも無いな」
それはどちらに向けて言った言葉なのか、エリザ自身も分からなかった。
観音開きの扉の片側に手をかけ、押し開く。一斉に投下される数多の視線。
「おはようございます。遅れてすみません」
向かって左側、高級ブランドスーツやローブを身にまとった教師陣から放たれるオーラが研ぎ澄まされた刃のようで、エリザは努めてそちらを意識せぬよう、ただ目の前の最奥の席に両肘をついて手を組んでいる学園長を見つめた。
「会議開始前だ。構わん」
「失礼します」
軽く一礼し右側の席に回る。座席は上座から三学年担任の順に着席しているため、エリザとグラントは会議テーブルのほぼ右中央に座ることになる。
「おはよう、エリザ」
Hクラス担任のアリシア・ヒューネはすでに来ていた。彼女に合わせて小さく挨拶を交わすと、その隣に腰を下ろした。
手にしていた生徒名簿と使い慣れている手帳、そして事前資料として渡されていた分厚いファイルをテーブルに置き、ローブの内ポケットから万年筆を取り出す。淡々と会議の準備をしていても、目の前の列に並ぶノービス教師の刺々しい視線がしつこく突き刺さっているのが分かる。
「それでは、新学期初めの教職員会議をはじめます」
前方上座席の一番右側にいた中年の教師が会議の口火を切った。
「まずは学園長から挨拶を賜ります」
逃げるようにスッと椅子に座った進行役の教師に代わって、学園長がゆったりとした動作で立ち上がった。
エリザは膝の上でグッと両拳に力を入れ、今度こそはと躊躇うことなくその優雅に白髭を湛えた長へ顔を向けた。
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