第23章 ユクリウス計画

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「今日、新学期を迎えられたことは神の思し召しであると、我々は心から感謝しなければならない。だが、我々に幾多の困難が立ちはだかり、そして多くの大切なものを失ってしまったのもまた事実である」  視線は床を向いたまま口を開く。その抽象的な言い回しは、救世神セイバーの庇護を最大に享受している国内最大の学園の長には似つかわしくない。  だがそんな懸念は、やはりこの男には不要だった。  精悍と上げられた面には鋭い眼光があった。 「昨年冬の帳が下りる季節、聖なるセイバー神により恵まれた学園として、あってはならぬ事件が発生した。我々が最も恐れその存在を警戒していた“殲滅神”の使徒“暗黒の使者”――いや《ジェノス》が生徒の中に紛れ込んでいた。学園内でその者は暴動を起こし、沈静化を図った兵士に多大なる死傷者を出し、そして何より一人の男子生徒を殺害した!」  気付けば、エリザ自身の視界が小刻みに震えていた。  あの日の惨劇を思い出しているのではない。冷静さを失った教師や兵士の焦燥極まる行動でも、何百人もの生徒の悲鳴や慟哭でも、血だまりに沈む生徒の絶望が張り付いた凍てついた顔でもない。ここにいる大多数の教師のように、それらを苦痛とともに記憶の底から引っ張り出してあの悲劇を嘆くことは、エリザにはどうしてもできなかった。  結局考えてしまうのは――優秀で誰からも慕われていた、あの生徒のことだけだ。  『聖セイバー教魔法学園暗黒の使者襲撃事件』  雪もちらつき始めた静かな初冬に発生した事件はそう名付けられている。 ――ある優秀な生徒。成績は学園の中でもトップクラス。なれど、それ以上でもそれ以下でもない。誰が彼のことを、世界を崩壊に導く殲滅神の使徒だったと憶測でも宣えただろうか。だが彼は、なんのためらいもなく、罪のない無垢な一人の生徒と、学園の守ろうと果敢に立ち向かった多くの兵士達の命を無残にも奪い去った――
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