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 街道沿いの楡の枝から死体が二つ吊り下がっている。  牧師とその妻であった。  マルティン・ルターがヴィッテンベルクの教会で論争に火をつけて以来、こういう光景をたまに見かけるようになった。  グリューネヴァルドの村に説法に行って、住民たちの怒りを買ったのだろう。  村人たちは敬虔なカトリックである。頭頂も剃らず、禁欲もしない、堂々と妻をつれて公教からの離反を唆す新教の牧師は、彼らには悪魔の使いに見えたに違いない。  ただでさえ、黒死病と戦乱が二重の打撃となって世を揺るがしていた。人々が殺気立つのも無理のないことであった。  とはいえ、ウラニアにとっても他人ごとではない。  彼女もまた、いつ街道に吊るされるか分からぬ身の上である。  人に見とがめられないうちに街道を渡って、木立のなかに紛れ込んだ。  ウラニアの祖先がグリューネヴァルドの森に居を構えたのは、祖母のさらに祖母の代の頃だという。  石造りの家は今も堅牢だったが、壁も屋根も苔や蔦に覆われ、ほどよく人目を欺くようになっている。招かれざる客が偶然ここを見つけることは、万に一つもない。たどり着けるのは、代々の女主人が客と認めた者に限られる。  例えば今、入り口の前の木の切り株に腰を下ろして、頬杖をついている若い女のような。  ウラニアはわざと足音をたてて、女に自分の存在を気づかせた。 「あら、そんなところにいたのね、きれいな魔女さん」  女はそう言うが、彼女も十分に美しい。このような時代に暮らしていれば、思わぬ不幸を招きそうなほどに。 「久しぶりですね。今日は何がご入り用ですか、ソフィア」  穏やかに呼びかけると、彼女は奇妙な泣き笑いの表情を見せた。 「私も、魔女になっちゃいました」  ソフィアはそう言った。  涙の粒が、彼女の頬を伝った。               
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