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机に座ってみた
長橋はとりあえず机に向かってみた。
ネタなんか何ひとつ浮かびやしない。
なんとなくパソコンに打ち込んでみる。
「あんたん家、主食は?」
「コメでぃ!」
秒でパソコンを閉じた。
考えるのに飽きた長橋は、椅子の上にあがり、机に座ってロダンの考える人のポーズをとってみた。形だけでも考える姿勢を保とうとした。
ふと、思い出した。
このポーズ、実は頭への血行がわるくなるから、考えるには向かないと聞いた。
「危ない、危ない。ドツボにハマるところだった。」
長橋は机から下りて、椅子に座り直した。
時計の針の音が、チッチッチッと舌打ちしている。
長橋は時計を止めた。
するとどうだろう、永遠を手に入れた気分になった。
長橋は恋人に電話した。
「今、僕は永遠を手に入れた!」
そう報告すると、恋人は、
「今、私は仕事中だから、後でね。」
と言って電話を切った。
「つれない女だな。」
長橋は別れを考え始めた。
日常の中のくだらないことに喜べるとき、人は幸せだと思うのに。彼女は幸せについて、どう考えているのだろうか。
考えたが、わかるはずもない。
そりゃそうだ。本人の考えなんて、本人以外が憶測して決めつけることじゃない。
なのに、どうして女は占いってやつが好きなんだろう。あるいは、言わなくてもわかる仲に憧れるのだろう。
今の恋人も、街中で占いの館を見かけると入りたがるし、原因がよくわからないケンカのときには「それくらい、言わなくてもわかってほしいの!」と、よく言う。
自分の考えを勝手に推測されて、迷惑だ、気持ちわるいとは思わないのだろうか。
「………ラクなところがいいのかな。」
利点といえば、それくらいしかない気がした。
しゃべりたがりの長橋には、言わなくてもわかってもらえる喜びという感覚がなかった。
「ラクでいい……か。」
なんだか、いつもチャキチャキしている恋人の、意外な怠惰さを垣間見た気がして、長橋は本気で醒めかけた。
そして、ひとつ前の恋人のことを思い出した。
今思えばいい女だった。
長橋のそばにいるときや、電話のとき、とても幸せそうだった。長橋はそれが嬉しくて、けっこう長く付き合った。
だが、破局した。
原因は、長橋の浮気だった。
長橋に浮気の自覚はなかった。
ただ公園で、散歩中の見知らぬ子犬と仲良くなって、彼女をしばしほったらかしにした。
それだけなのに、浮気だと責められた。
彼女は分け隔てのない人で、その無差別主義は、人に対してだけでなく、動物や植物にも向けられていた。なにものも差別しなかった。
そんな彼女だから、恋愛においてはすべてのものをライバルとみなし、たとえ相手が女性でなくても、愛情を示して親しく接触すれば、それは浮気とされた。
つまり、宇宙でいちばんの愛情を求められたわけだ。
可愛い女だったが、長橋はまだそこまでの愛情を持ち合わせていなかった。
彼女はやがて離れていった。
長橋は止めなかった。
止められなかった。
彼女が求めるものを持っていない自分は、きっと彼女の運命の相手ではないのだと思ったからだ。
いくら好きでも、一緒に居たくても、きっと一時的な気の迷いなのだ、関係を続けるのは間違いだ。そう思った。
納得した上での別れだった。
なのに今、ひどく恋しかった。
どうして自分は、宇宙一の愛情を彼女に捧げる道を目指さなかったのだろう…………。
脳裏には、今はもうどこでどうしているのかもわからない彼女の笑顔が浮かんでいた。
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