最後のつもりの話し合い

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最後のつもりの話し合い

 長橋は何か忘れている気持ちのまま、彼女のために身支度して、部屋を軽く片付けた。  この、何か忘れている気持ち。  彼女と別れたら、その何かを探して旅に出ようと決めた。  やがて彼女がやってきた。ベージュのセーターにジーンズ、薄化粧。さらさらの長い髪。相変わらずのほんまもんぶりだ。DNA からの美人だ。最初はその自然美ぶりにポーッとなったんだよな………。  内心で出会いを懐かしみながらお茶を出して、座卓で向かい合った。  彼女が促した。 「話って、なに?」  長橋は言った。 「別れよう。」 「はあ?」 「僕は人として、何かが欠けている。  何か大事なことを忘れている気がするんだ。  そんな人間に、これ以上君を付き合わせるわけにはいかない。どうか新しい、ふさわしい人を見つけてくれ。  僕も君と別れたら、人間になる旅に出ようと思う。」  突然の話に、彼女は戸惑っているようだ。  無理もない。普通は戸惑うだろう。  彼女は尋ねてきた。 「その忘れている何かに、心当たりはあるの?」 「全然、ない。今朝気づいたばかりだから。」  彼女は失笑した。 「あなた、また1人で考えすぎたでしょう。  気づくまでに考えたことを、詳しく話してよ。  もしか別れるなら、それくらい聞かせてくれてもいいでしょう?」  長橋は黙ってしまった。  おもにひとつ前の恋人のことを考えていたなんて言ったら、目の前の彼女を侮辱することになる。  彼女はお茶をすすって、長橋が話し出すのを待っている。  長橋は眠たい頭で言葉を探した。  長い沈黙になった。  長橋はとにかく何か言おうとした。  その時、インターホンが鳴った。  出てみると、担当さんだった。  こんなときになんの用だろう、ずいぶんタイミングがわるいな、と長橋は思い、実際に口に出した。  担当者はなぜか、やっぱりなという顔になって言った。 「昨日依頼したコメディ!  できてないよね?」 「あ………」  長橋の中で、ピカーン✨とランプが点いた。  彼女が座卓から言った。 「忘れてたもの、見つかったんじゃない?」 「うん………」  長橋はなかば呆然としてうなずいた。 「私との別れ話は?」 「ナシです………。」 「なになに? なんの話っすか?」  担当者が上がり込んできた。 「この人ったらね………」 「えー、アホっすねー!」  担当者は彼女とひとしきり盛り上がったあと、部屋の端しっこに控えていた長橋をふり向いて、 「この話、もらいました。  別の人に頼んで原稿にしてもらいます。  長橋さんは、原案ってことで。  それじゃ!」  元気よく出ていった。 「せっかく来たし、もうお昼だし、何か作るわ。」  彼女が置きエプロンを引き出しから出して、台所に立った。  いつもすみません……。そう言おうとしたとき、長橋のお腹がぐぅと鳴った。 「あなたの好きなカレーうどんよ。  さすがに好物の材料は常備してるのね。」  冷蔵庫を見た彼女がシンクに向かいながら、笑い混じりに言った。
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