ちょっと俺の野望聞いてくれない?

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隊長とは下駄箱で別れ、俺はまっすぐ教室へ向かった。 実は新学期に入って初めて2年の教室に行く。 ずっと授業免除の特権を使って生徒会室に入り浸っていたから。 Aクラスには部活仲間も結構いるから友達作りに悩むなんて事は無いだろう。 うん、1年の俺。ナイスだ、褒めてやる。 教室の扉を開けると集まる視線。 グサグサ刺さる。 何人かは声にならない悲鳴をあげていた。 それすらも華麗のスルーして席に着けばいいんだが、困ったことに自分の席が分からない。 「伊織〜、お前の席ここだからー!」 どうしようかと入り口で佇んでいた俺に救いの声が掛かった。 一瞬『お前の席ねーからァ!』って言われるかと思った。 あとめっちゃデカい声に更に教室が静まり返ったから俺は恥ずかしさで一杯だ。共感生羞恥心とはこういうことか。 「久しぶり、渡部」 案内されたのは窓際の一番後ろの席だった。 その前の席に座るのがさっき声を掛けてくれた人物。 渡部和樹(ワタベ カズキ)という。 彼はバスケ部所属で俺とは中等部からの仲だ。 「いやー災難だったな!俺はお前が会長になったことでワクワクしてたんだけど、転入生に落ちないなんて」 「お前のお陰とも言える」 この渡部という男。 俺に王道とは何かを熱く語ってきた奴だ。 お陰で意味不明な時期に転入生が来るとなっても驚かなかったし、生徒会の奴らが仕事をサボっても対処出来たし、転入生が生徒会室に入り浸る事も察知して重要な資料を寮に移動する事が出来た。 「まじで感謝。学食奢るわ」 「うぉっまじで!よっしゃ!」 「なあ今授業どこまで進んでる?ノート貸してくれない?」 「ああごめん、俺のノートはあてにならんから」 見せられたノートはまじで汚かった。 字が汚い訳ではないんだが、何故かコイツ無地のノートに書いているから全体的に右に上がっているし至る所に殴り書きメモがあって写す前に解読が必要だった。 「使えねえな」 「辛辣ぅ!」 渡部はこんな感じに自分に向けられる敵意何ぞ何それ美味しいの?状態だからいつも笑っている。 白い歯が眩しいったらありゃしない。 俺のこの性格にも寛容で、親友とも呼べる存在だ。 「七瀬、俺のノート使う?」 「清水様ぁ〜!!」 割って入った声に真っ先に反応したのは渡部だ。 清水優斗(シミズ ユウト)、彼からノートを受け取った。 渡部とは天と地の差で綺麗に纏められたノートに感動する。 よし、こいつにも学食奢ってやろう。 「そういえば清水って風紀委員か」 「そう。何回か風紀委員室で会ってるよね。 昨日の演説、ビックリしちゃった。あの常に不機嫌な生徒会長が凄い笑顔で喋ってる!って」 「あははっ、不機嫌って!そっか、清水は生徒会長の伊織しか知らないもんな。 コイツ結構喋るし、意外と馬鹿だから!」 「渡部に言われたく無い」 俺のあの対風紀用のムーブは不機嫌に映っていたのか。 それは初耳だ。 部活で人脈が広がったとはいえ、俺は大会に出たりしないから何かで表彰された事も無い。 中等部の時はひっそり過ごして居たし。 清水みたいに会長の俺しか知らないなんて人はまだまだ沢山いる。 「生徒会の事もどうにかなって良かったね。 暫く休むって聞いたけど、授業に参加するの?」 「もちろん。成績落としたら俺の小遣いが減る」 これは死活問題である。 来月には今年度最初の試験が待っている。 1ヶ月授業を受けて居ない穴はデカい。 成績を落としてしまえば俺の小遣いが1万円から5千円になってしまう。 「お、お小遣い…お小遣い制なの?随分しっかりした親御さんだね」 「放任主義だけどちゃんと育てられた自信はあるよ」 「伊織ママとパパは結構過保護なんだぜ。 聞く?七瀬家の武勇伝」 渡部がベラベラと俺の個人情報を清水に話している間、ノートを書き写していく。 まだ授業始まって1ヶ月だっていうのに範囲が広い。 テストは激ムズとみた。最悪だ。小遣い減るのは困る。 毎月貰う小遣いを今までコツコツと貯めて来た。 それは俺の積年の夢を叶える為に。 実を言うと小遣い制も、成績落としたら小遣い減るっていうのも俺が親に提示した約束だから仮に成績が落ちたとしても問題は無い。 むしろ事情を話せばお小遣いアップしてくれるだろう。 それをしないのは俺の意地かな。 今までやりたい事全てサポートしてくれた親が俺に対して言った頼みはこの学園に入る事だけだった。 きっと、全寮制だから寂しくないと思っての事だろうけど。 どこまでも俺に優しい両親だ。 愛されている自信があるからこそ不安になる時がある。 贅沢な悩みかもしれない。 だから誰にも言わないし、誰かに分かって貰おうとも思わない。 ただ俺が俺自信にそういった制約を付けて安心したいだけなんだよな。
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