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転入生の握力は強い。かなり強い。
ラグビー部との攻防で力む度に俺の手首にまで力が伝わってくる。
「ちょっ…痛い!」
手首を思い切り捻られた。
瞬間的にきた痛さは息が止まる程。
コイツ、マジで、潰す
頭の中で呪詛を唱え現実逃避することにジョブチェンだ。
戦いが白熱している中、俺の心配はしていても俺のこの痛みに気づく奴は居ない。
転入生を阻んでくれてるのはありがたいが、早いとこ取り押さえてくれ。
ピ-ッ ギギッ
『えーマイクてすマイクてす。はーいそこの2年馬鹿共〜、何してるー。四十八手講座開くんなら保健室または放課後の教室でやりなさーい』
喧騒の中全員に届いたマイク越しの声。
どこから聞こえてきたのか、俺には姿を確認することが出来なかったが1人また1人と後ろを振り返っていった。
『おら退け馬鹿共ー。道をあけろー。いいのかー、俺の後ろ盾には物凄く怖い鬼がいるんだぞー。
怖いぞー、泣く子は更に泣き、笑う子をも泣かす悪魔付きの鬼がぁいでっ!!鬼に殴られた!!!ほら怖いじゃん!
早く退けオラ!!』
道が開かれていく。
戦闘体制だったラグビー部も廊下の端に寄った。
尚、俺は転入生に捕まっているためど真ん中待機である。
「さーてさて、騒ぎの元凶は誰かなー…って、え?イオちゃん?」
道が出来たところの真ん中を堂々を歩いて来たのは風紀の委員長と副委員長だった。
転入生の後ろにいる俺を視界に捉えて目を丸くさせる。
渋谷凪(シブヤ ナギ)。
風紀とは思えぬ程制服を着崩し、耳にはピアスが幾つも付いている。
一見チャラそうにも見えるがこう見えて風紀の副委員長を勤めている。俺的にはイマイチ性格が掴めて居ない奴だ。
隣に並ぶ委員長とは対照的な見た目と性格だが、この2人中々相性が良いらしい。
「何している」
委員長の冷たい声が静かになった廊下に響く。
「凪!聞いてくれよ!俺は今から伊織と生徒会室に行くのにコイツらが邪魔してくるんだ!」
「痛っ…」
渋谷へと駆け寄ろうとした転入生の動きに合わせられず腕を引っ張られてしまいまた手首の痛みがやってきた。
呪詛を唱えろ、現実逃避ムーブ開始だ。
「やめろ」
転入生の動きが止まった。
それは、委員長が俺の手首を掴んでいる転入生の腕を掴んで動きを制したからだ。
「離せ」
「なっ、竜聖も俺の邪魔をするのか!?」
「離せ」
「伊織はみんなに謝らなくちゃいけないんだ!だって悪いことをしたら謝るのが正しい事だろ!」
“みんな”とは生徒会のこと。
転入生の言う“悪いこと”とは俺が仕事をしていないのにしたと嘘を吐いたこと。
とんだ被害妄想に笑ってしまいそうになる。
言葉だけ見れば至極真っ当な事を言っているのに、その時の状況や善し悪しを整理出来ていないから中身の無いスッカスカな言葉になっている。
自分が中心にいてチヤホヤされたいから、その輪から外れようとする俺を無理やりにでも繋ぎ止めたいだけだろ。
そこに俺の意志は関係ない。
誰が悪者になろうと関係ない。
自分だけが幸せならそれでいい。
そんな思考回路をしている奴とは一生仲良くなれそうにない。
「腕折られたくねぇなら今すぐ手を離せ」
「ぅぐっ…!」
転入生の腕を掴む委員長の手の甲に血管が浮かぶ。
それだけ力を籠めているんだ。
俺の手首の拘束が緩んだ気がして、引っ張って解放させる。
ジンジンと痛む手を擦りながら転入生と距離を取る。
「イオちゃん大丈夫?」
「大丈夫……その呼び方やめろ」
「かわいいじゃーん」
渋谷とは俺が中等部の頃から顔見知りだった。
生徒会に入ってからは生徒会と風紀という立場上話す事は無かったが、それでもあだ名は健在で。切実にやめてほしいと思っている。
「手腫れちゃってんね」
渋谷の細い指が俺の手首を撫でる。
暫く日に当たっていなかった白い肌は手首の部分だけ赤くなっていた。
少しでも動かそうとすれば関節部分が酷く痛んで、渋谷の冷たい指先に随分と助けられている。
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