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「もっと触って」
「………え、ちょ、え?」
渋谷の冷たい手の平が手首に当たるように言うと何故か狼狽出した。
俺は即興冷えピタが出来て満足だ。
「冷たくて気持ちいい」
「えっ、あ、うん?はあ?」
「どうしたんだよ」
「…あのさぁ、イオちゃん危ないよ?まじで」
「何がだよ」
空いた片手で自分のこめかみを押さえうんうん言っている。
頭痛か?
渋谷の冷たい手のおかげで大分痛みも和らいできた。
とはいえ動かすと痛いからきっと捻挫か何かだろう。
忘れていたがこの場に来たのは渋谷だけでは無く委員長もいる。
渋谷の後ろに立つ委員長は転入生と対峙していた。
「風紀は悪い奴らをとっちめるんだろ!なら悪いのはコイツらだし、そもそも最初に悪いことをしたのは伊織じゃんか!」
「騒ぎを沈静化させたまでだ。誰が悪いかなどは今は関係無い」
「別に俺は騒いでねえよ!周りが勝手に盛り上がってただけだろ!?」
「自分の声量が時に人を不快にさせることも学んだ方がいい。
今すぐTPOを学べ、この場にふさわしい声量で話せ」
「はあ!?何言ってんだお前」
「お前に言われたく無い」
メガネ越しに見える転入生の目が細められて、その鋭い視線は委員長に向いている。
委員長も中々整った顔立ちだけど、委員長に対しては「かっこいいな!」とか「俺ら友達だろ!?」って迫らないんだな。…何で?
それよりも転入生。瓶底メガネ外せばいいのに。
レンズ越しでも分かるほど大きな目と形の良い二重。
肌荒れなんて知らないとでも言うような綺麗な肌。
素材が良さげなのに、メガネと髪型で潰してしまっている。
渡部曰くそのぼさぼさな髪は鬘らしいが、せめて櫛くらい通せよ。鬘なのに何でそんな絡まりまくったゴワゴワなテクスチャーになるんだよ。
と、本人に言いたいが個性を重んじる時代にそぐわない行動は慎む派なので言わない。
「何なんだよ…俺と伊織の仲を引き裂こうとして!
分かった!伊織が一人ぼっちなのは竜聖が原因なんだな!?」
爆弾のような転入生から爆弾が噴射した。
苦笑いすら出来ないどでかい勘違いに自分の体温がすっと下がっていくのを感じた。
“一人ぼっち”って言った?………え?
ぼっちに見えてたの?俺。
「俺今まで親衛隊が悪いんだとばかり思っていたけど、黒幕ってやつは竜聖だったんだな!?
伊織ってばいつも1人で飯食ってるし、俺と遊んでくれなかったし!親衛隊が邪魔してきてろくに話も出来なかったし!全部竜聖の指示なんだな!?
伊織が一人ぼっちで可哀想だから俺が話しかけてやってたんだぞ!」
アイツの脳内どうなってんの。怖いんだけど。
俺がぼっちで可哀想だから友達になってやった。
転入生の言っていることはそういうことだ。
なにこれー、何で勝手な勘違いで同情までされちゃってんの?ありがた迷惑。口からバズーカ止めろよ。
自分が物凄い偽善者であることを暴露しているのに気づいていない。むしろ褒め称えろといった態度を表す転入生に俺はため息しか出なかった。
「…ぷっ……くく…っ、」
渋谷は必死に笑いを堪えようとしているが堪えきれていない。肩が大げさに揺れている。
委員長は明後日の方向を見ている。
「伊織!!!」
「えっ」
転入生の視線がこっちに向いた。
なに、なんなの、もうやめてくれよ共感性羞恥心!
「お前の事は俺が助けてやるからな!!」
転入生の勢いに、強い風が吹いたような気がした。
メガネ越しの彼の瞳は細められて、窓から差し込む陽の光のせいなのか彼の周りがぱあっと煌めいて見えて。
本来の彼の輝きがこの一瞬で一気に放出された様な錯覚に陥る。
そして俺の中にこれまでに感じた事のない感情が湧き出てきた。
とまあ、漫画でありそうなコマを描写してみた訳だけど。
「あ、無理。お断りします」
転入生に対してより一層「関わりたく無い」と思った。
こういう締めの台詞みたいなのに、生徒会メンバーは続々と落ちていったんだろうなぁ。と、ぼんやりとした頭で考えていた。
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