監視カメラは見た

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広角カメラで映し出された生徒会室。 重厚感のある机に1人座る男はこの学校の生徒会長だった。 『あー……くそ、やってらんねぇ…まじでくそ、クソ』 独り言を呟きながらも目線は目の前のパソコンに向き、キーボードの上で指が忙しなく動く。 パソコンの両隣に何重にも重ねられた紙があり、その付近にはいくつものエナジードリンクの缶が並べられている。 『全ての運営を生徒会に一任って方針なんなの?金あるんだから事務員雇えや。社会に出る為の練習だとか誤魔化してさあ。新入社員の教育は会社の義務だろーが。 機密事項までこっちに預けるとか馬鹿なの?未成年だぞこっちは、3年で卒業すんだぞ、コンプラどうなってんだよ、てか給料払えやクソクソクソ』 鬱憤を言葉にしながらも手は止めない生徒会長。随分とご乱心の様子が見てとれる。 白い顔はいつにも増して白く、目の下は黒くなっている。 生徒会には会長を始め、その補佐役である副会長、会計、書記、庶務と様々な役割がある。 庶務は届いた書類をデータで清書したり資料作成、備品管理などの一般事務を行う。 書記は会議や生徒総会の議事録を記録したりそれの資料の作成、全校生徒へ配布のメールを作成している。 会計はその名の通り学校全ての予算運営を行う。各方面から備品等の発注書は毎日のようにやってくるため、最も納期が短い仕事といえるだろう。 副会長の主な役割は会長のサポートといったところだが、ほかの役付の仕事を手伝う事もある。 会計が作成した見積もりに最初に印を押すのは副会長だ。そして会長・理事長へと渡っていく。 それぞれに役割があり、それぞれがしっかりと仕事をこなすことにより会長の負担が減るのは誰にでも分かる事だろう。 生徒会より外に発信されるものは全て会長の一言で決まる。 そのプレッシャーは時には眠れなくなる程だ。企画案を作成したり会議に出席したり人前に出ることも多い会長の負担を減らすために作業が分担されている。 それが生徒会執行部というものだ。 だが、今の生徒会長は1人で全ての仕事をこなしている。 発注書を捌くのを優先に、見積作成、資料作成、企画案を練り、各所と連絡を取り、頭を悩ませ、一つ一つ確実にこなしている。 瞬きをする時間も惜しいのか、大きな目に力を込め画面を見つめる会長の姿に威厳というものは無かった。 カメラの性能はとても良かった。 解像度がその辺の防犯カメラとは非にならない。 普段は遠目からしか拝めない顔もカメラさえ通してしまえば近くで見ることが出来る。 だから会長の目が見る見るうちに赤くなって、キラキラとしているのも分かる。 目の渇きからだろうか。 ようやく瞬きを1回。 それと同時に大粒の涙が会長の頬を伝った。 一度栓が外れれば止まることを知らない涙は、瞬きの度に何度も会長の頬を伝い、顎から滴り落ちて机に小さな水たまりを作る。 気づいているはずなのに気づかないふりをして拭う素振りを見せない会長はジッとパソコンの画面を見続けていた。 そんな時に画面の隅に影が出来た。 どうやら誰かが来たようだ。 『さっき西棟の窓の修繕が完了した。 これ納品書と請求書だ……って、おい』 画面に映った横顔は風紀委員長だった。 彼は生徒会長の様子に気づき焦った様子で声をかけた。 『…っあー……違う、違うんだ。大丈夫。 いっぱいいっぱいになると勝手に涙出てきちゃうだけだから。発散させてるだけだから気にすんな』 会長は顔を上に向け、伸ばしたカーディガンの袖で目元を拭った。 『…少し休んだ方がいい』 『委員長、ティッシュ取って…はなみず…、』 『汚ねえな』 笑ったところを見たことが無いとまで言われているほどポーカーフェイスの上手い風紀委員長が口角を上げた。 言葉遣いは悪いがそれに嫌味は感じられない。 彼の表情の変化に気づいていない会長はティッシュを受け取り目と鼻を拭った。 『変なの。風紀が生徒会室のソファに座ってる姿』 『滅多に来ないからな』 『ああ、俺ら仲悪いんだっけか』 『顔合わせる度に突っかかってくるのはそっちだろ』 『俺は何も言ってないよ』 『お前は…ああ、たしかに。一言も喋ってなかったな』 生徒会と風紀委員会の仲が悪いのはもはや学園の伝統ともいえるだろう。 ヒエラルキー的には生徒会が1番上だが、風紀委員こそが最も学園内や生徒のことを把握しておりその人気は生徒会といい勝負だ。 一体いつの代から犬猿の中になったのかは分からないが、先代に影響されたのもあってその溝は埋まらることなく今代まで続いていた。 『俺は威厳が足りないんだって。 俺がボロを出して風紀に舐められたら、たちまち一般生徒からも舐められるって。 かざりもの、……………ん?』 『?飾り物がなんだ?』 『いや…、言われた言葉を思い出していたんだが、明らか…これはなあ…完全なる嫌味言われてたんだなって今気づいた』 『何言われたんだよ』 『“飾り物のように堂々と立っているだけでいい”ってさ』 『ほう…“お飾りの生徒会長”と言いたかったのかよ』 『さあな。真意は分かんないけど。 本来、俺じゃなくてあいつらの誰かが会長になる予定だったから。その辺の確執は少なからずあったんじゃないか?』 会長の言う通り、本来ならば現在副会長を務めている彼が会長になる予定だった。 生徒会役員とは、学園独自の人気ランキング上位の者の中から選ばれる。 会長も副会長も上位にランクインしているが、そこで誰がトップに立つのかという決め手は1年の時に生徒会の補佐を務めたかどうかだ。 副会長含め他の役員は1年の頃に生徒会の補佐を務めていた。 かくいう会長も誘われていたが『めんどくさい』の一言で蹴ったという噂を耳にした事がある。 しかし昨年度の末に発表された新生徒会役員の名前に、会長の名前が入っていた。 何でも前生徒会長が指名したんだとか。 その時の学園内は暫く落ち着きが無かったが皆、普段の会長の人柄を知っていたから納得していた。 『なあ委員長、』 パソコンを閉じた会長はその上で腕を組み顎を乗せた。 顔はソファに座る委員長に真っ直ぐ向いている。 『俺が会長辞めたら、仲良くしてくれる…?』 風紀委員長から視線を逸らすことなく見つめる会長。 その会長の言葉に素早く反応した風紀委員長は見つめられる視線から逃れるように頭を掻いた。 『…俺は別にお前のことは嫌っていない。 他の奴らからの牽制もあって話す機会が無かっただけだ。 …そうか、まあ…いいかもしれないな。役付から離れれば時間が出来る訳だし。もしお前が辞めたら風紀に誘ってやるよ』 『それは無理。俺クラスメイトとやりたいことあるし』 『は?なんだそれは…まさか俺らに迷惑かかることじゃないだろうな?』 『さあ?反省文は覚悟してるよ』 『おいヤメロ』 『頼む。積年の夢を実現させたいんだ』 『一体何をするつもりだ。言ってみろ、潰してやる』 映像はそこで終わった。 最後に見たのは2人の和やかな雰囲気と笑顔だった。
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