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世の中には、いろんな異世界転生があります。
勇者として生まれ変わるパターン――
魔法使いとして生まれ変わるパターン――
魔王やモンスターになる場合もあります。
かく言う私も、どうやらその恩恵に預かったようです。
駅の階段を踏み外し、転げ落ちたまでの記憶はあるのですが……
次に目が覚めたら、なんか見知らぬ世界に来てました。
「ううん……ここは……異世界?」
なんで目覚めていきなり、異世界と分かったのか……
私の目線の先――天井に『異世界の城』と書かれた垂れ幕があったからです。
「なんて、分かりやすいんだ」
感心しながら周りを見ようとしましたが、なぜか体が動きません。
「おや?」
まさか……死後硬直か!?
と焦りましたが、意識はあるので死んだ訳では無さそうです。
さてどうしたものかと思案していると、人の気配がしました。
「勇者様、それではこれを」
甲高い声がして、誰かが私の背中に手を入れました。
そしてそのまま、抱き上げられました。
こ、これは……!?
世に言う『お姫様抱っこ』か!
思わずポッと頬が赤くなりましたが、よく考えると私は男でした。
それにしても……
意外に軽々と持ち上げたな。
これでも転生前は、八〇キロあったんだが……
「承知しました。お受けいたします」
やはり甲高い声がして、誰かが私を覗き込みました。
あっ!?
その顔を見て、私は思わず心の中で叫びました。
勇者様と呼ばれたその人物は、ニヤリと笑うと私を高く抱き上げました。
おかげで、やっと周りが見渡せました。
私のすぐ下に、両手を差し上げた人物が立っています。
煌びやかな衣装に、派手な装飾の冠──
ゲームで見た異世界の神官そっくりです。
そしてその顔を見て、私は再びあっと驚いたのです。
「聖なる力を感じます。神官様」
勇者が興奮した口調で囁きました。
うやうやしく頷く神官の後ろにも、数名の人影がありました。
皆白い布を纏い、澄んだつぶらな瞳で私を見つめています。
ふと、壁に掛かった鏡に気付き、目を向けました。
そして、びっくらポン!
「ええーっ!私のか、からだ……ええーっ!」
素っ頓狂な声を上げ、私は何度も鏡を見直しました。
そこに映っていたのは、燃えるような真っ赤な刀身――
ゲームの中で勇者が所持している必須アイテム──
そうです……
どうやら、私は聖剣に転生してしまったようです。
勇者でも無く、魔法使いでも無く、魔王でも無く、モンスターでも無く……
単なる一振りの剣──
今日から私は、一つのアイテムとして生きねばならぬみたいです。
一体この先……どうなるのでしょう……
************
勇者との旅は過酷でした。
道中、当たり前のように色々なモンスターが襲ってきました。
ゼリーみたいにブヨブヨしたのやら、手足のいっぱい生えた蜘蛛みたいのやら……
その都度、私と勇者は相手をせねばなりません。
が、しかし……
二人のコンビネーションは、そりゃもう最悪でした。
たとえば、ある日など──
「ファイヤーボール!!」
「ふ、ふぁい……なんすか、それ!?」
「ファイヤーボールだ!ファイヤーボール」
「フォークダンス踊るやつ……?」
「そりゃ、キャンプファイヤーだ!違う、必殺技だ!」
「必殺技って……どんな……」
「火の玉が飛び出すんだよ!剣から……知らんのか」
「はあ……」
「はあじゃない。お前、聖剣だろ!」
「そうみたいっす」
「何、他人事みたいな反応してんだ」
「生まれたてなんすよ……だから、優しくしてね」
「気持ち悪いな!やられちまうだろ。早く出せ!」
「出せって言われても……どうするんすか?」
「知らん!なんで俺に聴くんだ?」
「な、なにぶん初めてなもんで……」
「とにかく、なんか出せ!ほ、ほら、襲ってきたぞ!」
「い、一体何を!?」
「早くっ!」
「アチョー!!」
「バカやろ!声だけ出してどうする。技だ、ワーザっ!」
「む、ムリっす……」
「バカ!なにや……うわぁっ!」
――GAME OVER――
……てな感じです。
おかげで私担当の勇者は、何度も入れ替わりました。
でも、誰が勇者になっても結果は同じ……
すっかり自信喪失した私は、もうどうでも良くなりました。
どうせ前世でも、役立たずと散々罵られていた身です。
小学校の教諭をしていた私は、要領の悪さからいつも誰かに叱られていました。
授業が遅いと、教頭から注意され
生徒がうるさいと、同僚から怒鳴られ
対応が悪いと、保護者から文句を言われました。
それでも、子供らがかわいいので我慢しました。
この仕事が好きなので、必死に頑張りました。
しかしそれも、もう過去の事です。
生まれ変わっても、結局運命は変わりませんでした。
世間は、そんなに甘く無いのです。
もう……テキトーに生きていこう……
そう思っていたある日──
いつものように、勇者がやられてしまいました。
相手のモンスターの毒針が刺さったのです。
「ぐうっ!」
「だ、大丈夫っすか!?」
「いや……私はもうダメだ」
「……す、すみません。何もできなくて……」
苦しむ勇者に、私は何度も謝りました。
それしか、今の私にはできなかったからです。
「気にするな……君も突然……そんな姿になって……さぞ大変だったろう……ぐっ」
呻きながらも、勇者は微かに笑みを浮かべました。
これまでと違い、心根の優しい人でした。
「だが、この世界にも……君にしかできない事が……必ずあるはずだ……信じるんだ……」
「そ、そんな……うう」
勇者の優しい言葉に、私は声を詰まらせました。
涙は流せませんが、悲しみが全身を満たします。
「う……どうやら、ここまでのようだ……がんばれ……よ……ぐうっ!」
その苦悶の表情を見ながら、私は必死に考えました。
本当にもうダメなのか……
救う手立ては無いのか……
魔法も使えない……
技も使えない……
今の私にできることは……
何か無いか?
何か……?
私の脳裏に、これまで勇者らと交わした会話が蘇りました。
会話……声……!?
そうだ!
唐突に、一つの考えが閃きました。
勇者の顔を見て、思いついたのです。
私は勇者に向かって、ある旋律を奏でました。
歌です──
今の私が、繰り出せる唯一のものです。
それは、私の前世の記憶にある歌でした。
決してうまくはありませんが、それでも一生懸命歌いました。
単調ですが、優しい調べがあたりに木霊します。
「うう……こ、これは……!?」
たった今まで苦しみに歪んでいた勇者の顔が、穏やかなものへと変わりました。
「……不思議だ?君の歌を聴いた途端、故郷の母親の顔が目に浮かんだんだ。そしたら、痛みがスーッと消えて……」
「……よ……良かった……!」
ゆっくりと身を起こす勇者を見て、私は心底安堵しました。
どうやら、助かったみたいです。
彼は私を拾い上げると、再び両手に構えました。
その顔には満面の笑みが浮かんでいました。
「おかげで助かったよ……ありがとう」
その後私は、勇者を救った聖剣として称賛を浴びました。
私の歌には治癒効果があったようです。
「今後、あなたの歌はスキル『ヒーリングボイス』と呼ぶことにいたします」
甲高い声で、神官が私に告げます。
その後ろで、沢山の人が歓声を上げました。
小さな体に、澄んだつぶらな瞳を持った人々──
私の前世では、それらの人々は【子供】と呼ばれています。
この世界の人の容姿は、どう見ても五〜六才にしか見えないのです。
私が彼らを見て驚いたのは、このためでした。
そうです。
この世界には、【大人】がいないのです。
これが元【大人】だった私が、剣に転生した理由かもしれません。
前職での経験を、この世界で活かすために呼ばれたのでしょう。
この世界の小さき人々──
子供たちを守るために……
え?
私の「ヒーリングボイス」が聴きたいって?
では、一曲だけ……
ぞぉ〜さん ぞぉ〜さん おぉ〜はなが ながいのね〜 そ〜よ〜 かあさんも〜 な〜がいの よ〜♪
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