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2話
母さんに言われてから翌日には村長から正式に依頼があった。
『秋祭りの歌姫――巫女役をやってほしい』
村長が我が家に直接出向いて言ってきた。あたしは驚きながらも了承する。
それからは秋祭りで使われる歌や踊りの特訓が始まったが。これを指南してくれるのは村長のお姉さんであるダリアさんだ。何でもダリアさんは村の守り神様に仕える本物の巫女さんらしい。
そして三代目の歌姫でもあった。まあ、見かけはごく普通の中年の女の人なんだけど。
昔に守り神様に歌と舞の内、歌を特に気に入られたらしくて。だから正式な巫女になったそうだ。
そこまでを思い出してからあたしはダリアさんにお辞儀をする。
「……初めまして。あたしはソニア・ミラブルと言います。先生、今日からよろしくお願いします」
「……初めまして。私はダリア・ムートンと申します。では。早速、あなたに舞から教えますので。そのつもりでいてください」
「わかりました」
頷くとダリアさんもとい、先生は紐が付いた鈴を4つ持ってきた。それを1つ手渡すと手首に巻き付けるように言う。
「これで踊るんですか?」
「ええ。まずはこの鈴を2つ手首に着けてください」
「はい」
訳が分からないながらも言われた通りに右の手首に巻き付けた。左側も同じようにする。両足首にも巻き付けた。そうした上で立ち上がる。
「では。ソニアさん。まずは右手を斜め上にかかげてください」
「はい!」
「次に腕を振って鈴を鳴らすのです」
言われたように右腕を斜め上にかかげた。ついでに腕を小さく振って鈴を鳴らす。シャンと澄んだ音が辺りに響いた。
「そして左手も右手と同じ方向に上げる。鈴も鳴らす。いいですね?」
「は、はい」
「やってみてちょうだい」
あたしは左手を右手と同じ方向に上げた。う。意外ときついわ。この体勢は。それでも鈴を鳴らした。
この後も厳しくビシバシと指南を受けたのだった。
夕方近くになりやっと特訓が終わった。もうヘロヘロだ。ちなみにお腹も減っている。
「……夕方になりつつありますね。今日はここまでにしましょう」
「……はあ。ありがとうございました」
「明日は6の刻頃にはこちらに来てくださいね。頼みますよ」
「わかりました」
「もう帰っても良いですよ」
あたしは頷くと両手首などに巻き付けていた鈴を外す。ダリア先生は後ろを向いてくれた。それを見て取ったあたしは外した4つの鈴を側に置く。手早く着ていた練習用の薄い布地の衣装を脱いだ。淡いクリーム色の綿で作られたシャツとズボンなんだが。何せ、上下共に肌が透けそうなくらいに薄いのだ。着ていても心許ない。急いで普段着の麻のワンピースに着替えた。
白いエプロンに靴下、ボロい編み上げのブーツも履く。解いていた亜麻色の癖毛を一本編みにして紐で束ねたら。身支度は完了だ。
「先生。できました」
「……そうですか」
あたしはそう言ってから深々とお辞儀をする。
「今日は本当にありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそお願いします」
ダリア先生は微笑みながら返事をしてくれた。あたしはそれを確認すると下げていた頭を上げる。こうして家路についた。
我が家に戻ると何故か父さんや弟達はいなかった。母さんが1人で迎えてくれる。
「……ただいま。あれ。母さんだけなの?」
「……おかえりなさい。実は今日から秋祭りが終わるまでは私とソニアだけで過ごせって言われてねえ」
「えっ。な、なんで?」
「村長さんやダリアさんだったかい。あの人らが言うには精進潔斎して過ごさないといけないんだってさ。それをするには異性がいちゃいけないそうだよ。例え、それが身内であってもね」
「そうなんだ。けど。父さんやカティ、リクはどこで寝泊まりするの?」
「村長さんが離れを貸してくれるそうだよ。秋祭りが終わるまではね。んで。ソニア。食い物は私かダリアさんが作ったものしか口に入れたらダメらしいね。後、卵やミルク、肉や乳製品に。魚なんかも食べたらダメだって」
「……なんか。今からうまくできる自信が無くなってきた」
あたしが言うと母さんは仕方ないよと苦笑いする。それもそうかと開き直る事にした。まあ、秋祭りが終わるまでの辛抱だ。よしと気合いを入れ直したのだった。
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