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夢龍は、屋敷に戻り、勉学用の離れで、京成の言った事を反復していた。
──力強さが欲しい。
試験官の意表を突け、ということらしいが、果たして、そもそも、京成の言った「題目」を信じて良いのだろうか。
言う、力強さ、というのも、おそらくは……、父、翁林を被せているのだろう。時が流れ、父と共に職していた者が上位になり、試験官の役目を果たしているらしく、京成は、そこを、狙えと言いたいのか。
あの、翁林の息子らしいわ。
そんな声を待っているのか。
それで、通過、できるのか。
京成の屋敷で飲んだ酒が、今頃回ってきたようで、夢龍の思考は、まとまらない。
……ここで夢龍を謀ったとして、京成に、何の得があるだろう。
高見を見せて、落とすでは、それだけの事、で終わってしまう。内侍らしいとも言えるが、向こうも、そこまで暇ではないはずだ。
考えても無駄とばかりに、酔いにまかせて、夢龍は瞼を閉じた。
──そうして。科挙の最終試験日。
最後まで残った、百余名の受験者が、宮殿に集まり漢詩を作る。
ここで、篩に掛けられた、二十余名が今期の科挙合格者となる。
題目は、京成が言った通り、「梅花」だった。
夢龍は、ホッとしつつも、賭けに出る。
近頃流行りの、実学派──、儒教を排除し、現実に役立つ学問を取り入れる。という、まかり間違えば、反逆の罪に問われる学派の、思考を取り入れようと考えていたのだ。
「春窮」
夢龍の頭の中には、この言葉があった。
春の芽吹きを感じても、農民達は、実った作物を摂取され貧しさからは抜け出せない。下々は、常に、両班の犠牲になっている。
本来、目を背けてはいけない事である。しかし、目を背けなければ、面白おかしい生活、栄華を極める事など出来ない。
この国は、とことん腐りきっている……。と、夢龍のみならず、皆、本当は、分かっていた。
しかし、その思いを、まともにぶつけてしまっては、漢詩たる意味が消え失せる。
ここが、正念場──。
夢龍は、筆を走らせた。
こうして、漢詩の出来を認められた、百余名のうちの半数ほどが、最終試験、王から質疑を受ける事になる。
玉座が備わる正殿に集められた合格者の中には、夢龍もいた。
平伏し、ひたすら、王のお出ましを待つ。
ふと、官吏の勤めは、もう、始まっているのだと、夢龍は、思う。
これからは、こうして、日々、頭を下げ続けなければ、ならないのだ──。
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