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やっと現れた王は、受験者に質問するわけでなく、権威の象徴に座っているだけで、脇にいる、領議政──、摂政が、ひたすら質疑を繰り返していた。王は、返ってくる答えに、頷くだけで、夢龍の目にも、ただのお飾りである、と、わかり得る存在だった。
そんな、凡庸な王を見て、夢破れた感じが拭い切れないままの夢龍は、摂政の無難な質疑に答え、最終試験を終えたのだった。
──皆と共に、帰途につく夢龍を呼び止める声がする。
いかにも、同じ受験者という素振りを見せる男は、京成に仕える者だった。他者の目を気にしての事のようで、夢龍は、さりげなく、京成の詰所へ連れて行かれた。
部屋で、夢龍を待ち構えていたのは、京成と、摂政職の、藩張達だった。
何故、張達が要るのかと、夢龍
に問わせる隙を与えず、京成が、言った。
「思いの外、貴殿の漢詩が、波紋を呼んだようで、意見が、かなり割れたようだ」
(……不合格、ということか。)
最後の最後でしくじったと、夢龍の顔が歪む。しかし、張達は、上機嫌だった。
「実に、爽快だった。春だ、香りだ、と、いう綺麗事の中で、貴殿の漢詩は、力強く、そして、若者らしい、正義感が溢れていた。さぞかし、王に、忠誠を誓うのであろうと、手に取るように分かる良作であった。まあ、漢詩の奥深さが、わからん試験官どもは、何を血迷ったか、まるで、逆賊扱いしていたがな」
「何しろ、この者は、翁林の息子ですから。正義感は、親譲り。と、いったところでしょうか?そこで……」
京成は、ニヤリと笑うと、一旦、言葉を切った。
やはり、京成は、夢龍の父の名を出して、張達に、忠誠心、という名の鼻薬を嗅がせていたようだ。
では──。不合格ではなく──。
「いかがでしょう?摂政様。この者に、暗行御史の職を与えては」
──王直属の、密使であり、不正を暴くため、身分を隠して、調査する。それが、暗行御史の職務だった。
「おお、そうか!この者の、正義感溢れる志し。まさに、相応し!」
……今だ、合否は発表されていない。にも、関わらず、既に、役職の話になっている。
官吏、いや、宮中とは、こうゆうものなのだ。彼らの言うところの、正義感とは、夢龍の父のそれではなく、彼らに向けてのものであり、この場所での正義とは、いかに具合よく、栄華という、甘い蜜をなめ取る事が出来るかに、尽きるのだろう。
それを、心得違いして、父は、馴染めず、病に陥った。
その二の舞は踏みたくない。
夢龍の、心の奥には、水底に見るような、薄暗い陰りが染み込んでいた。
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