着任

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確かに、パンジャがいる移動は、飽きの来ないものだった。目的地までは、ただの、旅人と、パンジャに上手く言いくるめられ、夢龍は、各地の風土を楽しんでいた。 「さてもさても、そろそろ、若様、それなりのことを」 街の入口を示す道標が、幾本も立っている。魔よけも兼ねる板には、何処其処まで、北へ何里、と、主要先への道のりが、それぞれに示されていた。 目指す、南原は、ここより──、らしい。 「それにしても、王都より、南にあるからか、随分と、暖かいですなぁ」 「いや、パンジャ。夏は、蒸し暑く、冬の寒さは、都よりも厳しいぞ」 南原を含む、全羅道(ぜんらどう)は、富興山脈と、朝鮮半島の中央を南下する小白山脈に囲まれる、高原地帯に開けた盆地で、温暖の差が厳しい。 だが、そびえる山脈から流れ出る幾本もの大河のお陰で、農耕が栄えていた。その為、農民から不正な摂取を行い、私腹を肥やす、(おさ)が後を経たない土地柄なのだ。 「ああ、そういえば、坊っちゃんは、大旦那様の赴任時に、同行していらっしゃった……」 「ああ、子供の頃の話だ。この田園風景が、退屈でなぁ。都が恋しかったものだよ」 それが、再び、戻って来ることになるとは。夢龍は、皮肉な巡り合わせに、苦笑した。 「でしたら、パンジャめは、お役御免ですかねぇ。坊っちゃんの方が、この土地の事を良くご存知だ」 「おいおい、私は、土地を調べに来たんじゃないよ。長官の学徒を調べに来たのだから。お前の機知が必要なんだ」 「と、いいましてもねぇ……」 調べる事など、ないでしょうにと、パンジャは、言い切った。 「ともかく、最低限の調べは、行っておかないと、事は、収まらんだろう?」 「そうでした、そうでした。形だけでも、調べておかないと、後で、辻褄が合わなくなりますわ」 ──辻褄か。旨いことを言うもんだ。 ふっと、夢龍が、笑みを浮かべたその時、訛りの強い、男に声をかけられた。 「失礼しますんだけんども、旦那様は、旅のお方ですかいのぉ」 土地を耕す牛を引き、頭を下げ下げ、農夫とおぼしき小柄な男が、夢龍を物珍しそうに見ている。 よそ者、と、分かる格好だからだろうと、理解しつつ夢龍は、ポツリと男に言った。 「……この地に、宿はあるか?」 ははは、と、農夫は、笑うと、この村には、無いが、先の街には、べっぴん揃いの宿がある、と、返してきた。 「やあやあ、そりゃあ、ありがたい。今夜は、そこに、泊まりますか、旦那様」 パンジャが、よそ行きの声を出す。 「んじやぁ、あっしは、こんで。旦那様も、きいーつけて、お行きなされよ。あー、店は、春香(しゅんこう)っちゅう、南原一の、べっぴんが、やっとるで、すぐわかるさね」 ははは、と、何が、楽しいのか、農夫は、牛を引き、歩んで行った。 「べっぴんの、春香ですかぃ」 「パンジャ、お前だけ、行けばいい。私は、そろそろ役目に服さなければ……」 「しかし、坊っちゃん、あの者……」 「お前も、気になったか?ここは、田舎だ。都とは、違う。まだ、両班(きぞく)と、見れば、道を開け、頭を下げる習慣が残っている。しかし、あの者は、こちらの身分をわかって、あえて、話しかけてきた」 「ええ、やはり、ほどほどに、しておけ、と、いうことでしょう。坊っちゃん」 怪しむ夢龍に、パンジャも、同意する。 何か、忠告のようなものを受けたような気がして、夢龍の胸は、ざわついた。
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