2人の恋の形

僕の可愛い恋人の話

僕の恋人は可愛い。これは別に自慢とか惚気とかじゃなくて、事実を述べただけだ。例えば、写真を見せて彼女の容姿についてどう思う？と聞けば100人中100人が可愛いと答えるし、彼女とすれ違った人の10人に9人はその美しさに目を引かれ振り返る。

僕の彼女は顔が良い。これは彼氏としての贔屓目抜きに、彼女の美しさは一般論で認められている。だから別に自慢とかではないのだ。…本当だよ？

そんな彼女がどうしてこんな平凡でなんの変哲もないようなつまらない男…即ち僕と付き合っているのか、甚だ疑問である。成績がいいわけでも、別段優しいわけでもなく、かと言ってお金があるわけでもない。容姿端麗、才色兼備である彼女の隣にいれば少し卑屈になってしまうのは仕方がないと思う。

でもまぁそんなことを周りに言えば、羨ましい、と恨みや嫉妬の篭った言葉を吐き捨てられること間違いなしだ。

僕なんかが隣に居るから、自分の方が彼女に相応しいと名乗りを上げる者も多い。

自ら名乗りを上げるくらいだ、相当自分に自信があるのだろう。案の定、彼女に寄ってくる男は見目麗しい人ばかり。時には富をチラつかせ、地位を見せびらかし、我こそが、と競い出す。彼女の隣にいるためなら何を差し出しても構わないと叫ぶのだ。

僕はそんなこと言えないし思ったこともないけれど。だから困るのだ。彼女に惚れた初対面の男に、お前は彼女のそばに居るために何を差し出せるのか、と現在進行形で問い詰められている。

生憎僕は差し出せるようなものなど持ち合わせていないのだ。彼女のそばに居続けたいだなんて思ったこともない。

心配そうに僕を見る彼女を横目に僕は言う。

「彼女のそばに居続けたいだなんて思ったことはありません」

どこまでも優しく穏やかな声だと我ながら思った。自分の恋人に向けて言うような言葉ではないことも承知していた。それでも、彼女は僕に何も言わなかった。代わりに、依然として目の前に立ちはだかる男を見て一言。

「ごめんなさい」

告白を断るときの彼女はとても淡々としている。彼氏がいるから、とかタイプじゃないんです、とかそのような言葉すら存在しない。ただ一言。そのたった一言だけで済ましてしまう。

中にはしつこい者も多かった。何故ですと理由を問い、あんなののどこがいいんだと嘆く。今回もそうだった。

「こんな奴のどこが！貴方のそばにいるつもりはないと言ったばかりの薄情な奴だ！」

そんなの僕が一番知りたい。だってさっきも言った通り僕は彼女に差し出せるようなものなんてない。だからそばに居られなくても仕方がないと、最初から向上心のかけらもない様な奴なのに。

「………」

彼女は何も言わない。否、何も言えないだけかもしれない。呆れてしまっただろうか。

勿論僕だって彼女を愛してしまった訳だから他の男にとられるというのは面白くない。だけど。もし、彼女が僕以外に選ぶ男が現れたのなら。そばに居たいと願う誰かができたなら。僕のつまらない感情で彼女を妨げるだなんて許されない。

ただ、幸せになって欲しいのだ。

「ふん、絶対俺の方がいい男だと理解する日が来るさ」

そんな捨て台詞を吐き揚々と去っていく男は諦めたわけではないらしい。他でもない彼女が嫌だと言っているのになんてしつこいのだろう。でも確かに僕よりは彼女に釣り合うような気もする。

つい、僕は彼女に問いかける。

「今日の人、すごくお金持ちで顔も良かったよ？誠実そうだったし…ねぇ、やっぱり僕よりも」

君を幸せにできるのではないか、と。そう続けようとした僕の台詞を遮るように彼女は言った。

「でも私の好みじゃなかったわ」

「…」

「貴方は私の幸せが、お金なんかで決まると思うの？」

そう問い返す彼女の目は恐ろしいほど澄み切っていたから、僕は慌てて否定する。

君の幸せが何かを決める権利が、僕なんかにあるはずがない。でも、君にはいつだって笑っていて欲しいから。お金があれば苦労しない。少なくとも僕といるより贅沢できるのに。

「あんな世間知らずの御子息なんかより、貴方のほうがいいわ」

淡々と話す彼女の瞳にはどこか熱がこもっている。自分に自信のない僕には到底理解できないけれど、君がそう言ってくれるならそうなんだろう。君が今幸せだというのならそれだけが全てだ。

「…僕は、君の気持ちを尊重するよ」

「ふふ、ありがとう」

あぁでも…少なくとも今の僕は、君の好みだと自惚れていいのだろうか。

「こんな僕の何が良いの？」

彼女との別れ際、小さく零した言葉は拾われる事なく溶けていった。

彼女に届かなくてよかった。こんな身勝手な問いは許されない。だって、そんなことは重要ではないのだから。

僕にあるのは彼女への愛だけだ。恋と呼ぶには穏やかで、けれども、誰とも比べようがないくらい重たい恋情だけ。

僕にとって、彼女の幸せには全てを投げ出す価値がある。例えその代償がなんであろうと僕にとっては些細なことだ。

彼女がたどり着いたことを確認して僕は深くフードを被った。

さぁ、僕の可愛い恋人に災が降りかかる前に今日の男を処理しなくては。