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十
ユキナが土曜日の朝、いつものように岩本町の駅を出て、ライブ会場に行くと、すでに花束を持ったアキラが、ビルの入り口の前で待っていた。
「おう、また来てんのか、いつも悪いな」
とユキナの方から声をかけた。アキラが目を細めてた。
「ライフワークですから、気にしないで下さい」
花束をユキナに手渡した。ユキナが立ち止まった。
「あのさ・・・・・・」
と言いかけて止めた。自分にはショウという心に決めた人がいることを、ユキナ自身の口から伝えるべきだと前々から考えていたからだった。でも、止めた。アキラの瞳が輝いていたからということもあるが、それ以前に、まだアキラから直接意志を伝えられたわけでもないし、また、ショウとは仲のよい元彼ではあるが、今はそれ以上でも、それ以下でもなかったからである。
「いいや、何でもない、まあ、ライブ楽しんで行ってくれ、アキラ!」
「ユキナさん、僕の名前、覚えてくれたんですね!」
ユキナが顔を紅くした。
「おう! 大切なファンだからな、これからも応援よろしくな!」
地下の楽屋へと消えて行った。
ライブが終わり、ユキナは急いで劇団の稽古場がある新宿へ向かおうとしていた。出待ちのファンを軽く置き去りにするのはいつものことだったが、今日は珍しくアキラの姿が目に入った。
「おう、アキラ、ありがとな、これから演劇の稽古で忙しいから、じゃあな!」
アキラをその場に残して歩こうとした時だった。
「ユキナさん、劇団の公演終わったら、デートして貰えませんか?」
急いでいたし、何となくアキラと気心が知れてきたからかもしれない。
「ああ、いいよ、演劇終わったらな!」
と言ってしまった。足は意思に反して駅へと向かっているし、手は振っているし、心と体がちぐはぐだったが、あまり気に留めず新宿へと向かった。
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