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 土曜の夕方は、ショウと会うことが多くなった。相変わらずライブには来てくれないが、ライブの後は神保町の三省堂で待ち合わせて、二人で食事をして帰るようになっていた。ショウも新宿にいたり、神田の古書店にいたりと様々だったが、ユキナの誘いを断ることはなかった。アキラも毎週土曜日は、欠かさずライブを観に来てくれる。ユキナはアキラに申し訳ないような気がして、目を直視できなかった。アキラは直接ユキナを食事に誘うこともなかったし、出待ちしているわけでもなかったが、ユキナの周囲から回りまわって、デートに誘いたがっているという噂が耳に入っていた。ただ、ユキナには恋人がいて、その誘いを受けることは無いだろうと、アキラも知っているとの噂だった。  ユキナが三省堂のコミックコーナーで立ち読みしていると、ショウは必ず十分ほど遅れて後からやってくる。約束の時間を十分早めたり、遅くしてみたりしたが、結果は同じだった。ユキナはせっかちな性格で、待たされるのが好きではなかったが、もはや諦めていた。大きく遅刻したことは一度も無いが、必ず十分遅れてくる。ショウはそれを悪びれもせず、にこりともせずやってくる。三省堂で待ち合わせた後は、必ず食事に行く。居酒屋には行かず、一品料理をガツンと食べることができる店が、ユキナの好みだった。ユキナは身体の割りによく食べる。それはショウが感心するほどである。この日もユキナの好きな神田エチオピアのチキンカリー大盛りのチケットを券売機で買い、店員に辛さを聞かれる前に言い放った。 「六十倍で!」  周囲の男どもがチラ、チラとユキナを見ている。ユキナは全く気にすることなく、どっかりと椅子に腰掛ける。ショウはハートランドビールとチキンカリーの辛さ十倍。グラスを二つ頼んだ。 「半分飲むだろ?」 「おお、サンキュー、イモ食いながら飲むビールは美味いな」  初めに出される蒸したジャガイモをフォークで半分に割り、その上にバターを溶かし、その風味を味わいながら、ハートランドビールを飲むのだった。 「先週、歌舞伎町で美味い炒飯を食った」 「なんだよ、一人で歌舞伎町なんか行ってんのかよ」 「ああ、お前に話してなかったが、学校を出てから二年間、歌舞伎町にある本屋でバイトしてたことがある。その店には、今でもたまに顔を出す」 「そうだったのか、卒業してからの四年間はお互いにブランクだからな、アタシも劇団が新宿にあるから、しょっちゅう来てんぞ、西口だけどな、ショウ、お前がバイトだなんて、らしくないな」 「そんなことないだろ、俺だってバイトくらいはする」 「まぁ、別にいいけどさ、お互い四年の間に色々とあったわけだ。」 「そう言うことだ」  ユキナはショウの四年間を想像した。ショウの全てを知りたくもあり、それを知るのが恐くもある。そんなことを考えているうちに、チキンカリーが運ばれてきた。 「辛っ! でも、いつ食っても美味いな、ここのカレーは!」  ビールを飲みながら、大きなチキンを頬張っている。 「お前、相変わらず、豪快に食べるんだな」 「当たり前だろ、フレンチみたいに、ちまちまと食ってられっかよ、その点カレーはガツガツ食えるから最高、ううっ、辛い!」 「六十倍の辛さを頼む女を初めて見たぞ、ほら周りの奴らもびびってるじゃないか」 「いいんだよ、カレーは汗と鼻水垂らして食うのが最高なんだから、ところで、ショウ、お前、歌舞伎町には何しに行ったんだ? まさか、女遊びしに行ったんじゃねぇだろうな」 「だったら、どうする?」  ユキナは口の中のカレーをビールで流し込んだ。 「おい、ふざけんなよ、そんなことしたらアタシが許さねぇかンな」 「冗談だよ、前のバイト先にT社長という人がいて、結構世話になったんだ。それと今回はもう一つ、面白いものを見つけた」 「何だよ、その面白いものって?」  ショウはイサオの顔を思い出し、笑いを堪えた。 「何だよ、ショウ、自分だけ面白がってないで話せよ」 「悪い、悪い、今、話すよ、ユキナお前、映像科のイサオってやつ、覚えてるか?」 「ああ、覚えてるよ、あの髭の濃い、オッサンみてえな奴だろ?」 「そう、そいつがな、新宿二丁目にいた」  ユキナは、一瞬何のことかわからず首を傾げた。 「俺がT社長と一緒に新宿二丁目のオカマバーに行ったら、イサオの奴が働いてた」  ユキナが目を大きく開いた。 「ウッソー、マジで! あのオッサンが?」  と大声を出しかけて、片手で口を塞ぎ、笑い出した。 「な、面白いだろ?」 「ショウ、それ、面白過ぎるだろ、アイツ、そっちだったんだ」 「俺も初めは何か見たことある奴だな、くらいにしか思わなかったんだが、イサオの方が俺に気付いて、声かけてきやがった。ユキナ、今度、一緒に行ってみるか?」 「行く、行く、絶対行く、行って思いっきり笑ってやるぜ、しかしな、アタシも劇団の仲間とゴールデン街にはよく行くけど、まさか、二丁目にイサオがいたなんて」  ショウが頷いた。 「ところで、ショウ、新宿の話が出たついでだけど、今度、七月頃に劇団の公演があんだけど、観に来てくれよ。お前が、そういうの好きじゃないのはわかってるけど、なぁ、頼むよ、お前のダチのトオルとかケンジとかにも声かけてさ、貧乏劇団だかんよ、チケットの販売ノルマがあるんよ、なぁ、ショウ、お願い!」 「わかったよ、で、何枚買えばいいんだ」 「おお、ありがてぇ、何枚でもいいぞ、さすがのアタシでも十枚お前に買わせるわけにはいかねえからな、三枚でいい」 「三十枚買ってやるよ」 「本当か! ショウ、無理すんなよ」 「別に無理なんかしてない、ただな、多く買い過ぎて、空席が目立つのも困るだろ?」 「悪いな、ショウ、いつか必ず恩返しすっからな」  ショウがユキナを見て微笑した。 「それとな、ショウ、今後、七月の公演が終わるまで、アタシ、全く休みが取れそうもないんだ、連絡取れないこともあるかもしれないけど、アタシがお前のことを嫌いになったわけじゃないかンな、勘違いすんなよ」  ユキナが顔を紅くして、下を向いた。 「勘違い? 心配するな、思う存分戦ってこい」 「おお、わかった、全て終わったら、また一緒に遊んでやるかンな、何だったら、エロいこともさせてやってもいいぞ」  ショウが苦笑した。 「バカなこと言ってないで、食っちまえよ」  ショウが目を細めた。
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