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51.知ったから #2
「〈アレ〉が何なのか教えてもらえなかったら、その内折れてた。自力でどうにか出来るんだって知らないままだったら、絶対どっかで駄目になってた」
お前が本当にやんなきゃって思ってるのに比べたら大した事ないけど。と、溢してしまった心を奮い立たせる為に、重ねた掌へ力を込める。
「でも、オレだけじゃなくて、お前のお陰で人生救われたって奴は他にも大勢居る、っていうか居なきゃおかしい」
同じ言葉で救ってくれたのなら、届くはずだと願って。柄にもなく、でも出来るだけ堂々と。独りで全部を覆い隠そうとする夜色に訴えかける。
「だからお前は──遙は、ちゃんと人を助けられてる。もっと自分を誇って良い」
たった一人の人間の感謝なんて、遙の人生からしたらほんの一部で、それこそ、今までかけられて来た山程の言葉の中に埋もれたっておかしくない。
なのに、この人は。
「……ありがとう。」
まるで、報われたよって言うみたいに。夜色の眼を朝明けに似た光で満たして行くから。
だから、抱き締めずにはいられなくなるんだ。
「お前が、誰かを救えないのを嫌だって思うのと同じくらい、お前が救われないのは嫌だって思う奴が居るのを忘れるな。もっと自分の幸せを考えろ。もう、充分過ぎるくらい頑張って来たんだから」
遙の苦しみをオレだけがわかってやれてるとか、オレだけが助けてやれるなんて、思い込みもいいとこだ。頭の隅では分かっていても、とっくに生きてない奴等にも、助けてって今もどっかで思ってる誰かにも、この人を渡したくなかった。
「これから出来る事なんて、いくらでも考えてやる。痛いのも苦しいのも、全部一緒に抱えてやる。だから、もっと頼れよ。遙がどうなっても、オレは絶対守るから」
昨日まで往生際悪く逃げ回っていた感情は、最悪なタイミングで自覚させられた所為でちゃっかり胸の中に収まっている。
普段なら、どうすんだよとかまずいだろとか、いくらでも自制して先延ばしに出来たはずなのに。助けてやりたい、守ってやりたいが先行して、止める間もなく膨れ上がって呆気なく零れた。
「好きだ」
どうしてか脆く感じてしまう体を抱き寄せ、あやすように頭を抱える。ひんやりとした体に自分の熱が移って行く事が、恥ずかしいと思うよりも泣きそうなくらい愛おしかった。
「ありがとう、昴。」
仄かに熱を持った腕が優しく背中に回され、敬うように囁かれる。
「俺もお前の事を、愛おしいと思っている。」
神々しいくらい清らかに響いた声が、脳を撃ち抜いた。
嘘、と飛び出た呟きが震えて、一層強く抱き締めた肩口に吸い込まれる。
「嘘など言ってどうする。」
「いや、だって……! お前、そんなの全然」
嬉しさと驚きとがない混ぜになって思わず体を離すと、遙は惜しみのない慈しみを湛えて微笑んでいた。
「お前も、田崎や泉、宮代の姓を与えてくれた人達とこの身を支えてくれた人達。それから、お前のように感謝を伝えてくれた人々も。人間は皆愛おしいけれど、尚更に掛け替えのない人達だ。」
再び完全な夜に戻った黒は、けれど満天の星が見えそうな程に澄み切っている。
「昴。それを思い出させてくれて、ありがとう。お前は本当に良い友人だ。」
今までもこの先も、こんなに大きな感謝を向けられる事なんてない。こんなに優しくて綺麗な笑顔を見る事もきっとない。
「…………は?」
けど、こいつ今なんつった?
「駄目だな。出来ない事ばかりに囚われて、皆が与えてくれた感謝を蔑ろにしてしまうとは。助けを求められる事だけでなく、人々の報われたという気持ちも糧になるというのに。」
「は? え、待って。あの、話聞いてた?」
「ん? ああ。昴をはじめ、身近で支えてくれた者達の尊さを改めて感じたぞ。しかし、昴はこのところ非常に親身になってくれていると思っていたが、まさかそれ程までに親しみを感じてくれていたとはな。感無量だ。」
「親しみ……ってつまり、友達として、って事だよな?」
「うむ? だから俺も、とても良い友人関係が築けていたのだなと……」
「違ぇよ!!」
そりゃ、まさかって思ったけど。あんな仕草と声と言葉で返されて、勘違いしない奴がいるか。つーか、ああいう返し方するって事はそういう意味だろうが。
「え? 違う……とは?」
「どう考えたって告白だったろ今のは!」
「告白、とは……。恋愛感情があると伝える行為、の方か? それとも──」
「それだよ!」
「誰が、誰に?」
「オレが、お前に!」
くっそ。何で告った事解説しなきゃなんないんだよ。
けど、こっちが死ぬ程恥ずかしい思いしてるっつーのに遙は、このクソ鈍感野郎は。
「それは気の所為だぞ、昴。」
って、信じられない事を吐かしやがった。
「……は?」
きのせい? 気のせいって、何? 伝わってない? そうだ茶でも淹れよう、って照れ隠しでもなんでもない感じでするっと立ち上がれるくらいのやつだった?
「おい、待てコラ」
「い、痛いぞ。どうした?」
「あれをどうしたら気の所為に出来んだよ」
別に絶対いけるなんて思って言ってないし、むしろ勢いでうっかりって感じだったけど。だからって、そんな適当に流されて、あー言われてみれば? って思う程度の気持ちで言ってない。
説明しろよってガン付けたオレの顔は、凡そ告白した相手に向けるものじゃなかったと思う。当の遙は「そうだなぁ」なんて、大して気にする風でもなく顎に手を添えていやがる。
「昴には彼女が居たのだろう? 即ち、お前の恋愛対象は異性であり、人間だ。対して俺は男性の形をしているし、仮に昴が両性愛者だとしても、人ではない時点で対象から除外される。推測だが、対物性愛の趣向はないのだろう?」
「お前の見た目が何だとかどうでも良いんだよ。オレは、お前だから好きだと思ったっつったんだよ!」
ことり、と遙が首を傾げる。
悪気は一切ない。誤魔化しているのでも、遠巻きに断っているのでもない事がよく分かった。けど、だから質が悪い。
成る程、と独り言ちる涼やかな目がその悪質さを際立てる。
「恐らく、危機的状況を共に体験し、乗り越えた事で好感度が上がったのだろう。制御や調整への協力がそれに当てはまる。単純接触効果もあるだろうな。更に、助けている、という感覚から独占欲や『自分だけが』という思いに陥り易い。確かに、これらが合わされば俺に対して『好意を抱いている』と誤認する可能性はあるな。
冷静になった上で、一度考え直してみてくれ。」
「ふっざけんな!! 勘違いかそうじゃないかくらい、分かって言ってんに決まってんだろ!」
「昴。それを客観的に判断出来ない状態だからこそ、誤解が生じているのだ。」
「違うっつってんだろ! つーか、お前はどうなんだよ!? さっきから、オレの間違いだ何だって言ってるけど、お前がどう思ってるか一言も言ってないよな!?」
「それはだって……。恋愛感情は、繁殖に関わるものだろう? 必要がないこの身に、そんな機能は備わっていない。故に、考えるまでもない事だ。」
「産めなくても付き合ってる奴等なんて大勢居るし、人間の感情引っ張って来れんなら恋愛だって出来んだろ。つーか、友達はありでそっちは出来ないから考える気ないって言われて、納得出来る訳ねぇだろうが!」
別れる時も振る時も結構適当な態度を取って来たけど、よくあいつらブチ切れなかったな。悪い事したなっつーか、心広いし強え。真剣に取り合って貰えないのがこここまで辛いなんて思わなかった。
こんなオレでもそう思ったんだから、本気で一ミリも考えるつもりがないっていう遙の態度は確実にナシだ。
「けど、分かった。そんなに言うんだったら、勘違いがどうかもっかい考えてやるよ」
何処をどう聞いても喧嘩吹っかけてるようにしか見えないオレの態度に、流石の遙も身構えるのが分かった。言葉尻だけ拾って「納得したようで良かった」って答えなくなっただけマシか。
「その代わり、お前も考えろ。『機能がないから諦めろ』で納得するつもりねぇからな。嫌だと思ったでも、そんな気にならなかったでも良いけど、お前が、どう思ったのかをちゃんと教えろ」
視線で絶対逃げんなよ、と念を押す。遙は物凄く困った顔をした後、観念したように重々しく「分かった」と言った。
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