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白い灯台5
帰り道。私は車窓から隅田川を眺めていた。川岸には屋形船が何隻か停泊し、外国人らしき旅行者が列を作っている。観光地浅草。その日常の風景。
竹井くんは生真面目にハンドルを握っていた。その握り方には彼の性格が表れている。真面目で融通が利かない。そんな性格だ。真面目さは美徳と同時に生きづらさの象徴だと思う。
「のんちゃんお疲れ。おじいちゃん喜んでくれて良かったね」
私はモンブランタルトの箱を抱え直すと彼に声を掛けた。箱はまだひんやりしている。どうやら保冷剤は溶けきっていないようだ。
「ええ、本当に」
竹井くんはため息交じりに答えた。
「しっかしスタジオすごかったねぇ。おんぼろに見えたけど中身がアレだもんね」
「ですよね。まぁ……。五〇年以上前の建物ならあれだけ古くても納得ですよね」
「たしかに! もしかしたら戦前からあったのかもね」
そんな話をしていると車は丸の内まで戻ってきた。そして再び国道二四六号線に合流する。二四六号。私たちの通勤路だ。
三宅坂と書かれた道路標識を見ると地元に戻ったような気分になった。茨城生まれ茨城育ちの私がそう感じるのはいささか不自然な気もするけれど。
「のんちゃんももうすっかりウチらのバンドに慣れたよねぇ」
私は竹井くんに、そして自分自身に言い聞かすように言った。
「そうですね。五月のときはどうなるかと思ったけど……。まぁお陰様で楽しくやってます」
「のんちゃんがウチらのバンドに入って半年だもんね。いや……。マジで早えーわ」
竹井くん加入から半年……。つまり私たちがメジャーデビューしてから半年になる。思い返すとこの半年は早かった。気分的には昨日まではアマチュアバンドだったような気さえする。
竹井くん加入の経緯はやや複雑で詳しく話せばそれこそ二〇〇〇〇〇万字オーバーの長編小説みないになってしまうと思う。(ぱっと思い浮かべただけでも様々なことがあった)
だからここでは何の味気もない説明に留めておこうと思う。
『前任者のドラマー、松田大志が傷害事件にあってバンド活動が困難になった。そして後任に竹井希望が選ばれた』
そんな味気ない話。事実だけにすると急にゴシップ週刊誌の隅っこの記事のようだ。
「野音、少し緊張しますね」
「アハハ、ほんとだよね。野外コンサートとかウチらも初だよ」
日比谷野外音楽堂。メジャーデビュー後初の東京公演。正直、私たちにはもったいないくらい良いステージだと思う。
「そういえば腕大丈夫ですか?」
「ああ……。うーん。まだあと少し掛かるかなぁ。医者には無理って言われてるし、時間掛かるのはしゃーないと思う」
「社長も言ってましたけど無理はしないでくださいね。いざとなればギターの応援頼めばいいだけなんで……」
「ありがとう。気持ちは嬉しいよ……。でもさぁ。やっぱり自分の腕で演奏したいんだよねー。ほら、一応私がバンドのメインギターだからさ」
私は苦笑いしながら左手を振って見せた。やはり手首の関節がぎこちない。まだまだライブでの演奏は難しそうだ。
しかし……。思い通りにいかないものだ。毎回問題が発生する。前任のドラマーの怪我もそうだし、私の腕の怪我だってそうだ。まぁ、私の怪我に関しては完全な自業自得だったけれど……。
ギターが弾けない。それは私にとって致命的な問題だった。その致命的さときたら水の出ない蛇口と同じだと思う。存在意義がない。そんな無用の長物。
それでも続けてこれたのはバンドメンバー。そして私に関わってくれたみんなのお陰だった。ただの水の出ない蛇口になってしまった私を見捨てないでくれたみんなの……。
渋谷に差し掛かったとき、私はとても温かい気持ちになっていた。気持ちと相反すように冬の始まりの風が木の葉を散らしていた――。
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