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◇
「眠っちゃった……」
私は、目をつむったまま動かない彼を見て呟いた。斉藤さんはベッドに横になったまま規則正しい寝息を立てている。
子守唄でも寝物語でも寝てくれなかったのに。ちょっと昔の話をしただけなのに。こんな方法で眠らせることができるなんて……!
本当によかった。これで、明日のデートに支障は出ないはず。
「デート、楽しんでくださいね」
眠っている斉藤さんに、タオルケットを掛けてあげながら、私は笑って言った。
斉藤さんは、「向こうはたぶん友達だとしか思ってない」、「デートだなんて思ってるの俺だけ」なんて言っていたけど、せっかく縁があって出会ったんだから、二人にはうまくいってほしかった。
私は蛍光灯の紐を引っ張って、常夜灯を消す。
部屋が真っ暗になり、手探りで窓の近くに置きっぱなしにしていたほうきを掴んだ。
「……それでは、良い夢を。おやすみなさい」
最後に、囁きに近い声量で、無防備に眠る彼に声を掛ける。
ほうきに乗り、斉藤さんの家を後にした。
夜の外はまだまだ暗かったけど、今夜は満月。月明かりのおかげで幾ばくかは明るい。
ふいに、ポケットに入れた携帯が着信を知らせた。お客様窓口のお兄さんからだ。通話に出る。
「こんばんは! 睡魔登録番号8569です!」
『こんばんは。相変わらず元気だねー。いま手あいてる? 3丁目の辺りから入電あったんだけど、近くにいたら向かって欲しいな』
3丁目。斉藤さんの家は2丁目だったからかなり近い。
「わかりました! すぐに向かいます!」
『助かるわー。そのお客さん丁寧な人でさ、電話先で名乗ってくれたんだよね。橋田香奈さんっていう人で、明日コンビニの店員さんと初めてのデートだから緊張して眠れないんだって』
「えっ!」
香奈さん、って……!
『住所はメールで送っとくから。がんばってねー』
軽い声援とともに通話が切れた。
デートだと思ってるの、斉藤さんだけじゃなかったみたいだ。
「香奈さんのことも早く眠らせてあげなくちゃ……!」
ゆるむ頬を片手で押さえる。
急いで3丁目へ向かう私を、大きなお月様が照らしていた。
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