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彼は横断歩道の前にいる。横断歩道の上では、大きな車が行ったり来たりしている。が、その中に全く同じものはない。
全く同じものは、一つとしてない。
ふと、彼はもうすぐで自動車のフロントガラスに飛び込もうとしている自分に気がつく。
一歩、足を引く。
その間、信号はずっと青く光っていた。青白かったと言ってもいいだろう。何か、尾の切られた後の蜥蜴のような、陰性なところがあった。
陰は恐ろしいものである。陽を殺さずにはいられないのである。
彼の足元で虫が一匹、這っていた。虫の種類などは、どうでもいいのである。彼はそいつを踏み潰した。
そいつは平べったくなって、そして、死んだ。汚いしみがその最期を彩った。
「殉教者よ……俺の足元にいたのが運の尽きだ」
彼はそいつの死体に唾を吐きかけた。せめてもの祝福である。
顔を上げてみると、信号は赤く染まっている。
彼はその場を後にした。
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