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さて、彼が犯行を遂行するべく、席から立とうとしたときである。
突然、後ろから冷たい液体を浴びせられたのだ。
彼は一瞬、テロが決行されたのかと思った……しかし、冷静に考えれば彼はテロリストに狙われるほど重要な人物というわけでもなければ、邪魔な人物というわけでもなかった。
彼は、世間では無害な善人として扱われていたのである。
彼が振り返ると、そこにはこのバーのバーテンダーが、空のグラスを向けたまま、ぼんやりと立っていた。
「どう言うつもりでして?」彼がバーテンダーに問うと、
「お隣のお客様からです」とだけ言って、カウンターに戻って行ってしまった。
「隣のお客様?」彼がふと隣を見ると、誰もいなかった。それもそのはずである。このバーには最初は彼とバーテンダーしかいなかったのだ。
最初は、だが。
「口から出まかせ言いやがって。隣になんて誰も……」彼が珍しく激昂して、バーテンダーに掴みかかってやろうと、カウンター席に目を向けたときである。
虫と目が合った。
彼は、虫の顔を見たのである。
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