1. AI クレードル

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1. AI クレードル

「生ける屍……か」  溜息と共に漏れた言葉が宙を舞う。  俺は操縦席のリクライニングをグッと引き下げ、力なく体を倒した。微弱な重力装置のおかげで、ゆっくりだが体が座席に沈み込む。操縦席の巨大なフロントガラス越しに広がる、どこまでも続く果てのない宇宙の闇。意識が静かに吸い込まれていく。こうやって座席に身を委ね漂っていると、宇宙とリンクしているような感覚になるのだ。  宇宙船クレードルは、地球から150光年離れた「おうし座ヒアデス星団」の中を航行している。目的地の惑星が属する恒星「アイン」が他の星よりわずかに大きく見え始めていた。他の星の2個3個分は大きいだろうか。しかし、それでもまだ遠い。まだまだ遠い。目的地まではあと何十年とかかるだろう。  何故こんな事になってしまったのか…… 「生ける屍だな。今日から俺は」 言葉が力なく漂う。 「いえ、栗生(くりゅう)さんはまだちゃんと生きてます」  耳元で囁くような声が聞こえる。最新式だかなんだか知らないが、どこかの指向性スピーカーから、耳元目掛けて声が飛んでくる。おかげでヘッドホンをつけなくても、はっきりと耳元に声が届くのだが、無機質な女の声、そしてこれが人類の誉と謳われたAI多重量子コンピューターの返答だというんだから、全くやってられない。 「ちゃんとね」  愚痴と共に、ため息がまた宙を舞う。  相手をする気にもなれず。俺は目を瞑った。  何故だ……  何故こんな事になってしまったんだ…… 「ワンワン!」  犬型旧式ロボット「ツナグ」が操縦席の脇にやって来て佇んだ。旧式ロボットと言っても密度の濃い短い被毛をまとっているので、見た目は本物の犬と変わらない。ちょっと小柄な柴犬だ。  俺が手を伸ばすと、「クゥン」と言って擦り寄ってくる。傷つき半分しかない耳や目の上の傷が今でも痛々しいが、そこを撫でられるのが好きなのだ。俺は優しくツナグを撫でた後、抱えて持ち上げお腹の上に置いた。  口角の上がった口、ハァハァという息遣い、本物の柴犬よろしく笑っているように見える。お腹の上に乗せたツナグは、安心したのか丸くなって目を瞑った。  本当に笑っていればいいんだけどな…… 「よしよしいい子だ」   ×  ×  ×
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