2. コールドスリープ

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2. コールドスリープ

 2087年4月18日 暑すぎる春。  俺はコールドスリープに入るために高千穂の研究室を訪れていた。仲間は7人。皆、俺と同じように身寄りがなく施設で育った者たちばかりで、親も、子も、親戚などの身寄りさえもない奴ばかりだ。  ここに来るまで、このプロジェクトの訓練期間として、3年の月日を仲間暮らし様々なミッションをこなしてきた。その中で、積極的に問題を解決する者、ミスした仲間を支える者、柔らかく場を纏める者など、なるほど「皆選ばれただけのことはある」という人物が集まっている事を実感した。  だから「何故俺が」といつも不思議に思っていた。  俺は……   怖がりで、いつも皆の後をついていく。何かあるとすぐに諦める。そして争い事はさけ、ずっと皆を見ていた。18で1番年下という事もあり、その立ち位置を許してもらい、そしてその許された立ち位置を甘んじて受けていた。  だから、俺だけ場違いな感じがして、申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだ。  このプロジェクトはヒアデス星団の恒星「アイン」を周回する巨大惑星「アマテル」、その衛星「ニニギ」を目指し、そして帰ってくるという物。多重量子コンピュータ「エデン」が導き出した、人類存亡の解の一つ。これが最適解となるのかどうか解明するプロジェクトがこれから行われるのだ。     世界的プロジェクトではあるが、あまりに危険で非人道的だという為、秘密裏に行われる事になった。生きて帰れる保証はない。いや正確にいうと「エデン」の導き出した確率は3%。つまりほぼ死への片道切符となっている。それでも追い詰められていた人類は、希望の1つとしてこの3%にしがみつくしかなかった。本来、無人機で探査などを行う手順を踏むんだろうが、戦争で破壊、汚染され尽くされたこの世界に、もうそんな余裕はなかった。  まあ、だから、俺たちみたいな身寄りのないのが選ばれたという訳なのだが……  砂漠でミッションを行なっていた、ある日の晩、テントの中で不意にリーダーのアダンが聞いて来た。 「怖いか?」   そりゃ怖いに決まっている。だけど、俺は何も答えなかった。 「自分は怖いよ。怖かった」  アダンは自分の手を天幕のランプに翳して呟いた。 「だから皆がいて良かった。この3年で迷いはなくなった」 「……」  アダン。その中に俺は入っているのかい? 心の奥で呟きながら俺はランプに照らされたアダンの横顔を眺めた。俺は怖いよ。その中に俺はいないんじゃないかと思う事が何よりも怖かった。 「切り開こう。たとえ1%でも、可能性があるならば、そこを切り開こうと努力するのが人類だろ」 「……」 「ハハ、なーんて綺麗事をずっと言ってたが、皆と一緒に行けること。皆のいるところに自分もいる。それで十分だって思う」 「……」 「ありがとう大輝」  アダンがこちらを見て笑った。 「大輝と一緒に行ける事、それで十分。十分すぎる」  同じ思いだった。他の奴らもリーダーのアダンに劣らずいい奴ばかりで、皆に出会えたことを感謝している。  だから不安と共に高揚感も持って、このコールドスリープする日を待ち望んでいたのだ。  2087年4月18日 午前11時32分 俺は誰よりも早くコールドスリープの容器に入り瞳を閉じた。次に目を開けるときはもう、惑星「アマテル」の衛星「ニニギ」に到着しているだろう。何も取り柄のない俺は、何もしなくていい実験体みたいな事に関して、せめて1番に行い、皆のリスクを減らしてあげたいと考えていた。  コールドスリープの容器の隣に来てくれていたアダンに声をかける。 「次は『二二ギ』で」 「ああ、おやすみ。ゆっくり休んで向こうで頑張ろう」  アダンの周りから、何故か柔らかな新緑の香りが漂って来た気がした。 「ワンワン」  旧式のロボット犬「ツナグ」が尻尾を振りながら駆けてくる。 「お前も来るんだぞ」 「ワンワン」  ツナグが笑ってもう一度、元気に吠えた。     ×  ×  ×
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