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4 シャンタルの香木
「トーヤ、よお、トーヤ、トーヤってばよ、どうした?」
「ん、あ、ああ、どうした?」
ベルが口をひん曲げてトーヤを睨んだ。
「まただよ、話の途中でいきなり黙り込んでよ、今度こそ寝ちゃったのかと思ったよ」
「ああ、すまん。で、どこまで話したっけかな?」
「ミーヤさんがやさしい人だって言ったとこまでだよ、覚えてねえの?」
「いや、そうだったな。……そうだな、そんで、そうしてなんやかんやとしゃべってたらカースに着いたって感じだ」
トーヤがそう言って話を流すとベルが顔をしかめて言った。
「……なんか、やーらしいな」
「何がだよ?」
「だってミーヤさんのこと襲ったことまでしゃべっておいて、突然馬車の中で何話したか内緒にするって、なーんか、やーらしいんだよ」
「おい、人聞きが悪いな、襲ったってなんだ襲ったって、あれは脅しただけだ」
「何言ってんだよ、服まで破っといてさ、襲ったんだよ」
「ちが! 帯を解いただけだろうよ、脅したんだよ!」
「へ、どうだか~トーヤのエッチ」
ベルがいぃ~っと舌を出し、
「まあなんでもいいけど、そんで穏便なうちにカースってとこについたってんでいいんだよな?」
アランが話を戻す。
「ああ、朝結構早くに出て着いたのは昼過ぎだったな」
カースに到着すると、村長をはじめとするカースの住民たちに歓迎された。
カースの村長は今は引退して息子に後を任せているとは言うものの、元々が海の男だけあって、年をとった今でもそれなりにがっしりとした、よく日に焼けた老人であった。
村の長とは、なんとなくしなびた白いひげの年寄りが杖でもつきながら出てくるものと思っていたトーヤには意外であったが、元々が海の町出身である、なんとなく自分と同じものを感じて好ましく思った。
村人もみな誰も健康そうに日に焼けており、男たちは一応きちんと服装を整えているものの、どの顔もいかにも肩が凝りそうに固い顔をしていてそれが微笑ましくさえ思えた。
女たちもいつもよりきちんと髪を整え、おそらく一張羅を引っ張り出して着たのだろう、いつもよりちょっとばかり厳しい顔をして、やはりきれいな服を着せられた子どもたちがお行儀よく、どちらの服も汚さないようにと目を配っているようだった。
村への土産に、まずシャンタル宮で供されている菓子をトーヤが渡して礼を言うと、子供たちを中心にわあっと声が上がる。村人全員に行き渡るように十分の数があった。村長が受け取って村人たちに渡すと次々に礼を言われる。
続いてミーヤがマユリアからだと言って渡した小さな木箱がまたすごい物だった。
「マユリアから御下賜の香炉です」
「そんな大変な物を……」
村長が絶句し、片膝をつくと深々と礼をする。村人たちも次々に後に続いた。
「それからこちらも。香炉で炊くようにとのことでシャンタルの香木です」
「なんと……」
トーヤは村長の体が震えているのを見た。そして目の前で繰り広げられているとんでもない光景に体が冷えるのを感じた。
「『しゃんたるのこうぼく』、ってなんだ?」
ベルが尋ねる。
「なんか、そういうすごいもんがあるんだ。えらいこと値打ちのある香りのする木みたいなもんで、それを削ったのを香炉で燃やすとそりゃもういい香りがするとか。代々シャンタルとか王様とか、よっぽどのことがあった時とかしか本体から切り取れないとかいう、そりゃもう値打ちなんてはかれねえぐらいのどえらいもんだそうだ」
「国宝級じゃねえか! そんなすげえもんをその村にやったってのか?」
「そうだ」
アランが腕を組んでう~むと考え込む。
「そんだけすごいことだったんだな、トーヤを助けたってことが。違うか?」
トーヤが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「まあ、そうらしいな」
「すげえな、トーヤ」
さっきまでトーヤをぼろかす言ってたベルが、今度は目を輝かせて感心する。
「すげえんだかなんだかな……」
「まだ話の半ばだけどよ、そこからなんで今、ここにこのシャンタルがいるか、につながるわけだろう?」
アランが聞いた。
「そうなるな」
忌々しそうにトーヤが答えた。
「俺は、自分が逃げるのにどこが便利かと考えてカースに行きたいと言ったわけだ。方角的にはこっちに一番近いみたいだったし、打ち上げられたのもそこだったからな。寝かされてた部屋の窓から遠くにちらっと見えるもんで、なんとかうまいこと抜け出して、そこまでたどり着けたら船を一ついただいて海から出りゃいいんじゃねえかと。だから墓参りだの礼だのって適当なことを言ってカースへ行く算段をつけようと思ったんだよ」
トーヤが空になったカップを右手でくるくると回しながら続ける
「なのにな、カースに着いたらそういうことだ。こりゃただごとじゃねえんだな、ってあらためて思った。一体シャンタルとマユリアは俺に何をさせる気なんだ? もしかしたらカースに来たのもあいつらの手の内だったのか? そう思ったらなんとなくぞっとした」
ベルはくるくると回るカップをじっと見つめながら、それでも黙って話を聞いている。
「ミーヤはまあな、話をしてみたら裏も奥もなんもない、ただ一生懸命自分の仕事をしようとがんばってるだけのいいやつだと分かったから、だから騙してるようで申し訳ない気持ちはあったが、何かを疑うような必要はないと判断した。だが問題はあいつだ」
「ルギってやつか?」
「そうだ」
トーヤは目をつぶってこくりと頷いた。
「俺は、あいつはマユリアの犬だと考えた。だから下手なことして尻尾を捕まれないようにしないといけねえ、うまいこと動かねえとなと思った。なんでか分からんが、あっちはそんな御大層なもんを田舎の村人に与えてまでのことを俺にさせたいと考えてるんだから、簡単に逃がすはずがねえ」
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