1 リュセルスへ

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 1 リュセルスへ

 カースから戻って数日、その間トーヤは客殿から「前の宮」の各部屋を「散歩」して見て回った。  もちろんミーヤとフェイ、それからルギも一緒に。  滞在していた客室しか知らなかったトーヤは思った以上の広さに驚いて舌を巻いたが、歩いて見て回るうちになんとなく建物の配置、道などは覚えた。 それから初めて「王都リュセルス」にも出てみた。カースに行く時に馬車で通りはしたがその時には通り過ぎただけで終わってしまっていた。  王都は想像通りに(にぎ)わっていた。  たくさんの人が色々な用のために走り回っている。商売のため、勉学のため、遊びのため、もちろん楽しくはない用事、たとえば病気のために家族を医者に連れて走っている者もいる。     さまざまな思惑(おもわく)が街中を行き交うのは、トーヤの生まれ故郷の港町と同じであった。だが内容は少々違うように感じられる。  何というか、トーヤの故郷はもっともっと猥雑(わいざつ)だ。  当然この王都にも色街(いろまち)のような場所はあるのだろう。カースとは逆、東の端にある海外の国からも船が到着する大きな港町「カトッティ」は、色々なものが流れ込む場所柄、もしかしたら似たような色を持ってるのかも知れない。  だがそれでも、聖なる国の猥雑さは、トーヤの知っている猥雑とはまた違う色を持っているような、そんな風に感じられて仕方がなかった。  王都までは馬で行くことになった。小さいフェイは一人で馬に乗れないので、ルギの馬に同乗することになったが、驚いたことにミーヤは馬に乗れた。 「子供の頃、祖父に教えてもらって乗っていました。もっとも長年乗っていないので今は乗れるかどうか分かりませんが」  そう言いながら何回か練習すると、子供の頃に体で覚えたことは忘れないものか、トーヤたちと並んで走れるぐらいには上達した。元々の運動神経も良かったのだろう。 「うまいじゃねえか」 「動物は好きですし」 「ってか、結構お転婆(おてんば)だったんじゃねえか?」 「まあ、そんなことはございません」  そう言ってミーヤはツンと横を向くが、どうやら当たっているようだ。  そういうわけで、王都に行く時には3頭の馬で連れ立って行くことになった。  宮から来たということはなるべく知られないように、ごく普通の服装で出かける。トーヤはいつものシャツとズボン、ルギも似たようなものだ。  ミーヤとフェイも簡単な上着とスカート、髪には髪飾りも付けずに軽く縛ったままだ。  宮で侍女たちが着ているスカートとズボンの中間のような服は「(はかま)」と言うらしい。  あれは神に仕える侍女だけの服装で、一般的な女性は普通にトーヤのいた国と同じようなスカートを履いている。いわば侍女の証のような服装なのだという。   侍女の証なのだがマユリアは神であるので履いてはいない。人と神には厳然たる違いがあるらしい。  同じように男性の神官も少し違う独特の服装らしいが、神官の姿はほとんど見かけないし、そもそも男のことはよく見てなかったので、トーヤはあまりよく覚えていなかった。    宿屋など、本来の業務の他に馬を預かってくれる施設がある。そこに馬を預け、ぶらぶらと王都のあちらこちらを歩いて見て回る。  この連れ立った4人はどういう関係に見えるのだろう。ミーヤとフェイは(かろ)うじて姉妹に見えないことはない。だがルギとトーヤはどうやっても接点が見えない。あえて言うなら友人だろうが、見るからに仲が良さそうには見えないし、話をすることもほとんどない。  初めに入ったのは食堂だった。 「宮の食べ物は普通じゃねえからな、普通のやつがどんな物を食べてるか知りたい。カースも言わばおもてなし料理だった。焼き立ての魚はうまかったが、いつでもあんな物食べてるわけでもねえだろうしな」  トーヤがそう言い、小さな食堂に入って昼ご飯を食べることにした。  食堂のメニューはトーヤが知っている物とそう違いはなかった。  簡単なスープやパン、肉や魚の料理に野菜の煮物やサラダ、それからお茶や甘い物。具材に多少違いはあるものの、味もそこまで違うことはなく、安心して食べられる物ばかりであった。   「結構うまいな」    トーヤはスパイスで焼いた鳥の肉を頼んだ。香ばしく焼き上げられた白身の肉は、脂もありながら思ったよりもあっさりとしていてトーヤの口に合った。  もしも船が無事に到着していたら、多分このような食事をしていたんだろうか、そんなことを思った。  宮での食事はそれはもう豪華であった。  いつも何種類もの肉や魚、それも贅を尽くした見た目も美しい主菜がいくつも並び、そこに数々の副菜や野菜、果物、甘い物が添えられていた。飲み物も何種類ものお茶、色々な果物のジュースなど、とても1人では食べ切れない物が並べられたので、もったいないからと頼んで数も量も減らしてもらったが、それでも毎度毎度これでもかと並べられるのには閉口していた。 「よお、もったいねえからパンとスープと何か一つぐらいでいいって言ってくれよ」  ミーヤにそう頼み、ミーヤもそれを伝えるのだが、宮の料理人としては重要な客人に有り余るほどの豪華な食事を提供するのが誇りでもあり腕の見せ所である、なかなか思ったような食事を出してくることはなかった。
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