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「そんなことない」
社長はそう言い切る。
紗英は、なんとも言えない気持ちになり、言葉が出てこない。
「誰にでも出来る仕事なんてさ、この世の中にないって俺は思うんだよ」
「……はい」
誰にでも出来る仕事を、自分はしている。そう思っていたが、社長の言葉がすっと耳に流れてくる。
「例えば、お茶出しとか誰にも出来るわけじゃないんだよ」
「そう……ですか?」
「あぁ。だって、君はお茶を入れるにもコーヒーを出すのにも、その人に合わせたもの、出せるだろう。俺にしたみたいに、ちょっとした気遣いが出来る」
「それは……」
それが出来たとしても意味があるのか。
そう言いたかったけれど、なんとなくその言葉が引っかかって出てこなかった。
社長はなにかを感じたのか、小さく笑い、話を続ける。
「耳で聞くと誰にでも出来そうな仕事はたくさんあるかもしれない。けれど、それは案外難しい。確かにほとんどの大人は出来るような仕事もあるかもしれない。けれど、それは本当の意味での完成じゃないんだよな。少なくても自分だってそれくらい出来るなんて言う馬鹿には、絶対出来ない仕事だ。そういうところでその人の人間力が試される」
紗英は瞬きをするのも忘れ、話に聞き入る。
「つまり、君がやっている仕事は、君にしか出来ない仕事だ、っていうことだ。だから”ありがとう”といつも思っているんだ。もっと、胸張っていいと俺は思うな」
そう言い、社長は電話を切った。
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