緑のスポーツカー

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 4月7日、今日は入学式だ。栃木県の沢井小学校では毎年のように入学式が行われようとしている。校門には入学式を知らせる看板が立っている。  暖かい陽気の中、校庭の桜が舞っている。その美しさに、通りがかる人々はそれに見とれている。今年もまた入学式を迎えた。もうすぐ可愛らしい1年生がやって来る。 「今日は入学式か」  小柴道夫(こしばみちお)が嬉しそうな表情で見ている。道夫は、今年入学する元也(もとや)の父だ。息子を連れた妻の英恵(はなえ)より先にここに来て、校舎を見つめている。  しばらく経っていると、英恵と元也がやって来た。元也は真新しい服を着ている。英恵は美しい服を着ている。2人ともとてもきれいだ。 「ピッカピカの1年生だね」 「うん」  元也は嬉しそうだ。今日から小学校だ。たくさん友達を作って、楽しい学校生活を送りたいな。  英恵と元也は学校に向かった。これから入学式だ。元也の一生に一度の晴れ舞台だ。昨日の夜から道夫は楽しみに待っていた。  道夫は桜の木を眺めた。今日の桜の木のように、英恵も元也も美しい。 「ん? 誰だろう。桜の木の下で寝ている」  道夫は桜の木の下で寝ている男を見つけた。男はぐったりと寝ている酔っているんだろうか?  道夫は男にゆっくりと近寄った。だが、その男の頭からは血が流れている。切り傷だ。 「おいっ、どうした?」  道夫は男の体をゆすった。だが、反応はない。そして、冷たい。 「い、息してない! 死んでる!」  道夫は驚いた。まさか、こんな所に死体があるなんて。今日は入学式という記念すべき日なのに、死体が発見されるなんて。一体どうしたんだろう。 「そんな・・・」  周りにいた人も集まった。そして、警察を呼んだ。これは事故だろうか? 自殺だろうか? それとも殺人事件だろうか? 「自殺だろうか? それとも殺人だろうか?」  道夫は首をかしげた。こんな日に一体なぜ死体があるんだろう。  道夫は警察に電話をかけた。単なる死か、自殺か、殺人かわからないけど、とりあえず警察に調べてもらおう。 「もしもし、人が死んでるんですけど」 「かしこまりました。すぐに来ます」  道夫は深呼吸した。とんでもない事が起きた。まずは落ち着こう。  しばらく待っていると、パトカーがやって来た。警察だ。中から出てきたのは川島正一(かわしましょういち)。  川島は死体を見た。その死体は桜の木の下に背もたれをした状態だ。もう目を閉じている。 「この死体ですか?」 「はい」  川島は死体をじっと見つめた。一体これは何だろう。そして誰だろう。すぐに調べてもらおう。  死体はその日に警察に回収され、死因を調べる事になった。果たしてこれは自殺だろうか? それとも殺人事件だろうか?  その日の夜、警察署では、見つかった死体についての説明が行われている。そこには現地の警察の川島も来ている。 「殺されたのは猪川隆(いのかわたかし)。30歳。沢井小学校の卒業生です」  説明したのは瀬田耕哉(せだこうや)、40歳。東京から来た警部だ。この事件の担当をする事になった。 「死因は?」 「ナイフか何かで頭を刺された事によるショック死ですね」  だとすると、自殺ではなく殺人事件だ。一体誰がやったんだろう。この学校の卒業生という事から、同じ卒業生による犯行だろうか? 「桜の木に血痕あった?」 「ないですね」  昨日、川島は桜の木を調べたが、血痕がない。ここで殴られて殺されたならば、血痕が桜の木に付くはずだ。 「だとすると、どこか別の所で殺されたって事か?」 「その可能性が高い」  瀬田の予測はこうだ。何者かがどこかで猪川の頭を何かで叩いて殺し、桜の木の下に移した。でも、どこで殺したんだろう。  瀬田は決意した。明日、現地に行き、昨日の夜から今朝にかけて、変な事がなかったか調べよう。そうすれば、犯人がわかるはずだ。  翌日、隆の夫人、香澄(かすみ)は軽自動車で警察署に向かった。隆の遺体と対面するためだ。こんなにも悲しい事は今までにない。やっと手に入れた幸せを、突然奪われてしまった。  おとといの夜、元気よく職場に向かったのが嘘のようだ。いつも通り元気に朝帰りするはずだと思っていた。どうしてこんな事になるんだろう。こんなの現実じゃない。地獄のようだ。だが、ここは現実だ。  香澄は警察署にやって来た。警察署の前には、パトカーが行き交っている。香澄は信じられない表情だ。ここに隆の遺体が安置されている。隆が死んだと知るだけで、涙が出てくる。  香澄は車から出てきた。すると、入口にいる男が話しかける。瀬田だ。 「香澄さんですか?」 「はい・・・」  香澄は涙を流している。瀬田は肩を叩いた。何としても慰めなければ。  香澄は遺体安置所で隆と再会した。隆の遺体はきれいにされ、血痕が全くない。まるで普通に眠っているようだ。だが、もう起きない。何も言わない。体は冷たい。 「どうしてうちの主人が・・・」  香澄はその場に泣き崩れた。隆の遺体と対面するだけでも落ち込んでしまう。 「大丈夫ですか?」 「ショックを隠し切れません。前日の夜、いつも通りに仕事に向かったんです。でも、こんな事になるなんて」  香澄はおとといの事を思い出した。いつもの夜だったのに。こんな姿で再会するなんて。 「何か変な事なかったですか?」  瀬田はいつもと違う事がなかったか聞いた。調べれば、誰が犯人かわかるかもしれない。 「いつもは静かなのに、入学式の前日の深夜に、ものすごい爆音が聞こえたの。で、外を見たら、緑のランボルギーニが走ってたの」  おとといの夜、香澄は変な音を聞いた。それに気が付いてカーテンを開けると、緑のスポーツカーが通り過ぎていく。閑静な住宅街にどうしてあるんだろうと思いつつ、その様子を見ていた。よく見ると、その車はランボルギーニだ。一体誰の車だろう。 「緑のランボルギーニ」  瀬田は緑のランボルギーニを持っている人を知っていた。ランボルギーニはともかく、この色のランボルギーニを持っている人はそんなにいない。私の知っている人では、元プロ野球選手の岡崎大輔だ。すぐに東京に戻り、事情を聞こう。事件に関する何かを知っているはずだ。  その日の夕方、瀬田は岡崎の家の前にやって来た。岡崎大輔の家は麻生の閑静な住宅街にある。岡崎大輔は元プロ野球選手で、首位打者にも輝いたスター選手だ。数年前に現役を引退し、現在は野球評論家として野球中継の解説に、スポーツ番組のコメンテーターに忙しい日々を送っている。  瀬田はインターホンを押した。この家は門の前のインターホンで相手を呼ぶ。 「はい」  インターホンから声が聞こえた。大輔のようだ。 「警察ですけど、岡崎大輔さんですか?」 「そうですけど、どうしました?」  大輔は驚いたような声だ。どうして警察が来たんだろう。何か事件だろうか? 自分は犯罪なんかしていない。 「ちょっとお聞きしたいことがありまして」 「いいですけど」  しばらくすると、大輔が家から出てきた。大輔は黒いランニングシャツを着ている。今日は仕事が休みのようだ。 「あっ、どうも。警部の瀬田と申しますが、4月6日の夜は何をしてましたか?」 「家でお酒を飲んで普通に寝てましたけど」  大輔は真面目な表情だ。明日が休みの日には近くの居酒屋でお酒を飲んで1日の疲れを取る。現役時代、20歳になってから欠かしたことがない。引退してもなお、これは続けている。 「そうですか・・・」  瀬田は残念がった。大輔が犯人だと思ったのに。全然違った。また1からやり直しだ。早く犯人を見つけて、逮捕しないと。 「どうかなさいましたか?」  大輔は信じられない表情だ。自分が何を犯したんだろう。自分は犯罪なんてしない。 「いえいえ、4月6日の深夜に、緑のランボルギーニが沢井小学校の付近を走ってたって近所の人が言ってたんですよ」  大輔はガレージを見た。その中には自分が現役時代から乗っている緑のランボルギーニがある。首位打者を獲得した記念に買ったランボルギーニだ。どうして自分の母校の近くで走っているんだろう。そこを走った事はない。 「って、何事なんですか?」 「4月7日に、沢井小学校で死体が見つかりまして、前の日の夜にその付近を緑のランボルギーニが走ってたんですよ」  大輔は呆然となった。自分の母校でこんな事が起こったなんて。一体何だろう。 「うちの小学校で?」  大輔は首をかしげた。どうして自分のと同じ緑のランボルギーニが走っているんだろう。きっとそれは別物だ。 「えっ、岡崎さんの母校なんですか?」 「はい」  瀬田は驚いた。まさか、岡崎がその小学校の卒業生だとは。 「昨日の朝は緑のランボルギーニはあったんですか?」  瀬田もガレージを見た。きっとその中に緑のランボルギーニはあるんだろう。 「はい、朝起きてジョギングをしに外に出た時にはうちのランボルギーニはちゃんとあったんですよ」  大輔は4月7日の朝、家の周りをジョギングしていた。これも現役時代から続けている。引退してからも、体力づくりのために欠かさず走っている。ジョギングが終わった後、自分のランボルギーニの様子を見ている。その時は、いつも通り車庫にあった。  大輔は信じられないようだ。ランボルギーニは自分しか乗っていない。妻はその隣のベンツに乗っている。 「戻ってたんですか」 「はい。ってか、本当に深夜に乗っていた人がいるんですか? ランボルギーニは私の物ですよ」  と、そこに妻の幹江(みきえ)がやって来た。プロ入りして5年目に結婚した。幹江も信じられない表情だ。どうして家に警察が来るんだろう。まさか、大輔が事件を起こしたんだろうか? 「あなた、どうしたの?」 「4月6日の深夜、おかしなことなかった?」  幹江は大輔よりも遅くまで起きていた。だが、起きている時には何も起きなかった。 「いや、私、もう寝てたから」 「そうですか」  瀬田は肩を落とした。やはり大輔が犯人じゃなさそうだ。  瀬田は車で警察署に戻った。結局何も手掛かりをつかむ事ができなかった。  大輔と幹江は車をジロジロ見ていた。大輔の母校でこんな事が起こるなんて。 「物騒だね」 「私の子供に何かがあったらどうしよう」  2人は心配していた。うちの子供たちに何かがあったらどうしよう。  大輔はガレージを開けた。緑のランボルギーニはいつものようにガレージの中にある。一体あのランボルギーニは何だろう。うちのランボルギーニではないと願いたい。
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