陛下、「あなたを愛することはない」と言ったそばから、心の声がダダ漏れでして

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 エステルに「人の心を読む能力がある」ことは、誰にも知られていない。  生来の能力ではなく、物心ついてしばらくたってから発揮できるようになったせいか、直感的に「他人に気づかれてはならない」という知恵が働いたため、隠し通してきたのだ。 (しかも、使い勝手があまりよくないのよね。目を合わせた相手の心しか読めないから、効果範囲が狭すぎる。謀略うごめく会議の場に出て行き、国難を次々に退ける――なんて離れ業も、現実的には難しくて)  ただ、「ほんの少し勘の良い姫」として父王につき従い、偶然を装っていくつかの危機を回避するよう仕向けることはできた。父王はエステルの能力についてうっすら勘づいていた節があり、エステルの忠告にはよく耳を傾けてくれた。それは重宝とも呼べる扱いであった。これまで、王主導で無理に縁談をまとめることもなく、エステルが嫁き遅れになった理由でもある。  しかしここにきて、長らく不穏な関係から、ついには戦争となってしまった隣国シュトレームの王アベルが、動いた。  両国の平和の架け橋となる結婚を。王女エステルを、我が国の王妃に迎えたい、と。  エステルは、否やということもなく応じた。  アベルが内心気をもんでいたとおり、この結婚は政策として有効ではあるが、花嫁には身の安全の保証はない。自分の名前が出た以上、エステルは他の人に代わってほしいなどというつもりは一切なかった。なにしろ、嫁き遅れの王女の使い道としてはふさわしいと思ったのだ。これは自分をおいて他にできるひとはいない、と。  いざというとき、心を読めば毒を盛られているかどうかの判断はつく。身近な人間が手引をして襲撃があるというのなら、事前に察知も可能だ。  その手始めとして、子どもの時以来、久しぶりに会うアベルの真意をまずは探ろう、と出会い頭にしっかりと目を合わせてその心の中を聞いたのだが。  ガタゴトと振動が伝わる中、沈黙が埋め尽くす、二人きりの車内。 (ごめんなさい。ごめんなさい、アベル。必要があってあなたの心の中を聞いたのだけど……っ。まさかいまだにあんなに「エステル姉さま」のことが大好きだなんて思ってもみなくて、私、いま大変動揺をしています)  心を読むのが楽しいかといえばそういうわけではない。  こんな風にまったく想定外の声を聞いてしまった後は、目を合わせて話すことなどできる気がしない。  そう思って背を向けることしばし。  アベルから呼びかけは無い。  さすがに不自然な態度を取りすぎたかと、エステルはそーっとアベルを振り返った。  背中を射抜くほどに、見つめられていた。目が合ってしまった。
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