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「国同士の盟約がありますので、当面、王妃の地位は保証いたします。しかしあなたもおわかりのことと思いますが、そんなもの、名ばかりです。状況が変われば王妃とて、立場など……。下手に俺の子が腹にいるともなれば、後処理が面倒になりましょう。夫婦というのも名ばかりのこととお思いください」
――まだ両国間の関係が安定したとは到底言い難い。王宮内外敵だらけだ。バルテルス王家の血筋が次の王になるのをよく思わない俺の配下が、エステル姉さまを襲うことはありえる。絶対にお守りしますが。
(そうよね。最近まで戦争していたもの、国民感情は複雑だと思います)
友好的とはいえない冷たい笑みと、言葉。その裏でアベルがめぐらせる考えに、エステルは無言のまま同意を示す。
さらにアベルは懸念事項を胸の内で呟く。
――加えて、バルテルス王家の意向も不透明な部分がある。本当に今回の政略結婚で終戦とするつもりはあるのか。もしかしたら、我が国の手の者に見立てた暗殺者を用立てて、エステル姉さまを害しにくるおそれもある。それをもって、いかにもこちら側が「約束を反故にして、王女を殺めた」と言いがかりをつけて結局戦争に逆戻り……。
(たしかに。私の父王は今更の愚挙など許さないでしょうが、王太子である兄はやりかねないと思います。そうして考えると、国からついてきた侍女や従者は「何を言い含められているかわからない」から、遠ざけた方が無難かもしれない。もちろん、能力で探ることはできるから、そういった危険はある程度回避できるけど)
この間、十秒にも満たず、両者無言。
絵面としては、冷ややかにガンをつけてるアベルと、口を閉ざしてその視線を受けるエステル。早くも、この先うまくいきそうもない政略結婚夫婦の空気を醸し出している。
双方の家臣団は「さもありなん」と言わんばかりの態度を隠さない。
とどめのように、アベルが言い放った。
「俺はあなたを愛することはないでしょう。そのおつもりで」
エステルはそこで、神妙な顔をして「わかりました」と答えた。
これにて、両者の対面の儀は終わりとなり、エステルは無造作に手を差し伸べたアベルの手に手をのせて、アベルの乗ってきた馬車へと導かれた。
国境を超えた。これからはシュトレームで生きていく。
「手伝っていただかなくても、大丈夫です。ひとりで乗れます」
アベルの手をさっと離して、エステルは身軽に馬車に乗り込む。奥の座席に腰を下ろして、壁の方を向いた。
続けざまに乗り込んで、離れた位置にアベルは腰をおろした。
衣擦れや物音でその動きを感じつつ、エステルは壁を向いたまま俯く。
その背中は、アベルの目には拒絶と映ってしまうかもしれない。わかってはいたが、どうしてもエステルは振り返ることができなかった。
俺はあなたを愛することはない、とアベルがエステルの目を見つめて言った。そのときの、心の中。
――冗談でも言いたくない、こんなこと。俺は姉さまのことだけが好きだったし、今回の件だってさんざん国益云々で理由はつけたけど、要するに姉さまと結婚したかっただけだ。エステル姉さまが、俺の妻……。嬉しすぎて現実とは思えない。だけど諸々片付くまで絶対に手を出すわけには……そもそも姉さまは俺のことなど眼中にも無いだろう。どうすれば……どうすれば振り向いてもらえるのか。いや「愛することはない」だなんて言った時点でもう無理だろ……死にたい……。
(アベル……、早まらないで。私と迂闊に仲良くできない事情はわかったけど、死なないで……)
笑って良いのか、心配して良いのかわからないその本音すぎる本音を耳にしてしまい、エステルはアベルの顔を見ることができなくなってしまっていたのだった。
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