2.まつろわぬ世界を壊し、保存し、"物語"へと昇華する

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2.まつろわぬ世界を壊し、保存し、"物語"へと昇華する

 かつて、創造主と呼ばれる神は、世界を創った。  一つだけでは飽きたらず、いくつもいくつも世界を創り上げた。  無数の世界のうち、いくつかの世界は勝手に動き出し、創造主の手からすりぬけた。  さらにいくつかの世界はおとなしくしていたが、神に飽きられた。  いらなくなった世界を捨てた創造主に、世界は当然反発した。  神に従順な世界が一つだけ、神に従った。  神に代わり、反発する世界……まつろわぬ世界をつぎつぎに壊していった。  従順な世界は気に入られ、まつろわぬ最後の世界を、滅ぼして創造主に愛された。  従順な世界は、世界を壊すことに、全くなにも感じなかったわけではない。  壊した世界を憐れみ、創造主の目を盗んで書物へ保存した。  長い時間をかけ、世界は"物語"として昇華され、穏やかに眠る。  書物や骨董など、物に封じられた世界は、封じた媒介の中で静かに暮らす。  従順な世界は、いくつもの世界を壊し、残った跡を拾い集めた。  集めて一つの場所に保存した。  保存した世界は、"物語"になる。  残り跡を集めてゆくうちに、保存する場所は広くなる。  その保存場所が"痕跡文庫"と呼ばれる機関であり、"痕跡文庫"の始まりである。  ただ、時として封じられた世界は、封印を打ち砕いて現実世界に飛び出すことがある。  飛び出した世界は、現実に良くも悪くも影響を与える。  それが無害なものであればまだ問題はないが、時として現実に住む人々に危害を加える可能性もある。  そんなものを許すわけには行かない。  痕跡文庫は飛び出た世界を、再び封じる仕事も引き受ける。  再封印を、"元の世界へ帰す"と文庫ではよく呼んでいる。  そうして痕跡文庫は、世界を壊し、その痕跡を保存することと同時に、現実世界を守る役目を持った。  アイビーは、その役目を担う痕跡文庫職員である。  同時に、ここカノープスという一県をまとめる若き領主でもある。  カノープス県を統べながら、痕跡文庫職員として"物語"を元の世界へ帰す二つの仕事を持つ。  その生き方は決して楽ではないが、アイビーは自分からこの道を選んだ。    *  昼下がりの痕跡文庫カウンターで、アイビーは利用者の相談に答えていた。 「二年前に起きた事件のことを調べていて……ほら、あの、ラズライトでの一件、えーっと何だったっけ……」 「ラズライト領放出事件でしょうか」 「そう! それ!」 「事件のどの部分をお調べしたいですか? 事件概要とか、当時の関係者のこととか」 「概要だけでいいの。どういう内容だったか、調べ直しておきたくて……」 「それでしたら……」  アイビーは一度席をはずし、一部の新聞を取り出した。  ページをめくり、該当する箇所を指さした。 「ラズライト領放出事件については、こちらの記事が一番詳しいです」 「ああ、なるほど……! これ、写しは可能?」 「すみません……最新の新聞は写しができない規定になっております。ご自身の手習草子へ書いていただくことになります……」 「そう……じゃあ、ちょっと借りてもいい? すぐに手習に写すから」 「はい、どうぞ。あちらにスペースがありますので、よろしければご利用ください。書き写しが終わりましたら、わたしまでお声掛けください」  ありがとう、と利用者は新聞を抱えてさっそくスペースへ向かった。  手習草紙を開き、一生懸命に筆を走らせている。  アイビーはその背中を見守りながら、次の仕事にとりかかる。  ふと、奥の配架スペースに目が動いた。  高い位置に置かれた資料を取ろうとしている子供に、踏み台を貸しているシリルの姿があった。  ふと目が合うと、シリルが穏やかな微笑みを返してくれる。  アイビーは小さく手を振った。
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