120人が本棚に入れています
本棚に追加
春
「身体に気をつけてね。ちゃんとご飯食べて」
「お兄ちゃん、和香、夏休みに遊びに行ってもいい?」
「健、しっかり勉強して来い」
健は、18年間暮らしたこの田舎町から出て、初めて都会で1人暮らしをすることになった。
「うん、わかった。頑張るよ。和香、遊びに来ていいよ。また連絡するな」
春から中学生になる妹の頭をぽんぽんと撫で「じゃあ、行ってくる」と改札口を入った。
母親が涙ぐんでいるのを見て、こっちまでもらい泣きしそうだ。
バイバイ、と大きく手を振った。
家族や友人達と別れる寂しさと、同じくらいワクワクした気持ちもある。
物価が高いとか地下鉄がめちゃくちゃ深くまであるとか。
不安もあるけれど、とにかく電車に乗ってしまえば、あとは進むだけだ。
母親に持たされたおにぎりを食べながら、健は窓の外を見た。
田んぼの多い風景から家々やマンションが立ち並ぶ風景に変わる。
電車を乗り換えて、特急の指定席に座った。
少し眠って目覚めると、もうそこはビルや大きな看板だらけの都会だった。
(おお…何回見てもやっぱりすげー)
受験以外でも、何度か遊びに来たことはあった。
けれど、住人となる今は心持ちが違う。
住む場所を決め、とりあえずの荷物は送ったけれど、生活に必要な細々した物も買い足さないとならないだろう。
ドキドキしながら、健は、膝に置いたリュックをキツく握りしめた。
最初のコメントを投稿しよう!