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4 実像
キリエが合図をするとミーヤが鏡の輪の中に入ってきた。
「ねえミーヤ、どうしたらラーラ様と一緒に見られるの? マユリアと一緒に見られるの? どうしたら一緒に見られるの?」
ミーヤに気付き、困り切ったように泣きそうな顔でそう聞く。
「シャンタル……」
近付いて声をかけると、
「ミーヤもいっぱいいるの……」
そう言って周囲の鏡を見渡す。
ミーヤがあっちにもこっちにも、こちらを見てあちらを見て横を見て、色んな角度からシャンタルを見ている。
「本当のミーヤはどれ?」
「これでございますよ、シャンタル」
そう言うとしゃがんでシャンタルの手を取る。
「本当のミーヤ?」
「はい」
「本当のミーヤは1人だけ?」
「はい、そうでございます、シャンタルと同じようにただ1人だけでございます」
「シャンタルも1人だけなの?」
「はい、他に代わることのない大事な神聖なシャンタルはこの方お一人でございます」
「ラーラ様と一緒にいたシャンタルは? マユリアと一緒にいたシャンタルは?」
「それもあの時だけ、鏡の中のシャンタルと同じようにあの時だけのシャンタルでございます」
「あの時だけ?」
「はい、そうでございますよ。さあ、一度お立ちください」
シャンタルの手を持って優しく引き上げる。
キリエがまた侍女たちに何かを指図する。
みんな持っていた姿見をさっと裏返して鏡の世界を消してしまう。
「いなくなった……」
「はい、鏡がなくなったからでございます」
「鏡がなくなったらなくなるの?」
「はい、そうでございます」
「鏡の世界はどこいったの?」
「鏡がこちらを向けばまた見られますよ」
キリエがまた合図をし、鏡が内側を向くとたくさんの侍女たち、キリエ、ミーヤ、そしてシャンタルが現われた。
「鏡の世界……」
「はい」
輪の中心から体をぐるっと一回転する。
「シャンタルがたくさんいるのに本当のシャンタルは1人だけ?」
「はい、さようでございます」
輪の中をゆっくりと、鏡を触りながらぐるっと廻る。
「ラーラ様とマユリアが鏡の世界に入るにはどうしたらいいの?」
「ラーラ様とマユリアがこの場にいらっしゃいましたら鏡の世界に入られますよ」
「いらっしゃったら入るの?」
「はい、ここにいる者だけが同じ鏡に映ることができます、同じ世界に入ることができます」
「戻ってきたら一緒に入れるの?」
「はい。ですが、それはシャンタルがラーラ様の中に入る、マユリアの中に入るということではございません。今、侍女たちがいっぱいいて、キリエ様がいっぱいいらっしゃって、ミーヤがいっぱいいて、そしてシャンタルがいっぱいいらっしゃるように、本当のラーラ様が鏡の中にいっぱいいらっしゃるようになるだけでございます」
「どうして入れないの?」
「それは、シャンタルがラーラ様と別の御方でいらっしゃって、マユリアとも別の御方でいらっしゃって、そしてミーヤとも別の御方でいらっしゃるからですよ」
「別の御方?」
「はい、この世にはシャンタルはお一人だけ、ラーラ様もお一人だけ、マユリアもお一人だけ、キリエ様もお一人だけ、そして侍女たちもミーヤも一人だけでございます。みんな別の人間なのです」
「別の人間……」
シャンタルが立ったまま考え込む。
キリエが侍女たちに合図をし、鏡を持って下がらせた。
元の通りの廊下に戻る。
「鏡がなくなるとシャンタルはここにいらっしゃるお一人だけになります。本当のシャンタルお一人だけに」
シャンタルが廊下のあちこちを見る。
「これが本当の世界でございます」
キリエが声をかけた。
「本当の世界……」
「はい、本当の世界に本当のシャンタルはお一人だけでございます」
キリエの言葉を聞き、じっと黙り込んだシャンタルを、手を取って室内へと連れて戻る。
初めてこの部屋に来た時にマユリアが座っていたソファにシャンタルを座らせる。あの時のようにまた見事な絵が表現された。
しばらく黙ったまま座っていたシャンタルがぽっと一言を口から出した。
「ずっとシャンタルはラーラ様とマユリアと一緒にいたの。中にいたの。今はいないの……どうして?」
顔を上げると至極深刻な顔をしていた。今までに見たことがない表情であった。
「それは、シャンタルが大きなお役目を持って生まれていらっしゃったからですよ」
キリエが優しくそう言った。
「お役目?」
「はい。シャンタルは神の声をお伝えになる、託宣をお伝えになるためにこの国にお生まれになりました。そのために、大きなお力を出されるために、今まではラーラ様やマユリアの中にいて、鏡の世界にいる必要があったからだと思います」
「今はどうしていないの?」
「そのお役目が終わる時が来たからでございます」
「お役目が終わる?」
「はい、次代様が御誕生になり、これからそのお役目は次代様が担われることになります。シャンタルのお役目は終わられたのですよ」
「今度は次代様がラーラ様に入るの?」
「いいえ、そのようなことは多分ないかと」
「どうして?」
「それは、シャンタルが特別なシャンタル、『黒のシャンタル』であられたからです」
「黒のシャンタル?」
シャンタルは初めて自分自身についての興味と疑問を持つこととなった。
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