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第1話やくびょう?疫病?薬尾ヨウ(1)
世界が【怪獣】のせいで大変なことになっていても子どもの生きづらさは相変わらず。子どもは子どもの人間関係に振り回される。
燐全マヤコもそのひとり。
マヤコは今日もイライラしながら帰った。
女子の女子によるご機嫌取り合い。
傍から見ると滑稽意外の何者でもない。
マヤコがイライラしながら家に帰ると見慣れない靴が玄関にあった。
派手な運動靴という印象だ。
「ただいま……」
「マヤちゃん、おかえりなさーい」
居間に入って返事をしたのは髪の毛が炎を彷彿させる赤とオレンジの混ざった頭をして目が異様に細い見知らぬ女だった。
「誰?」
「ナニ、マヤちゃん、忘れちゃったの? ママだよ。ママ」
「はあ?」
(何言ってんだこの女)
「あはは。ヨウちゃんは冗談が上手いんだから」
台所から本物のママがやってきた。
「マヤちゃんが赤ちゃんのとき一回会ってるんだけど覚えてないっか」
「当たり前でしょ。で、ヨウ……さんは何の用で来たの?」
「マヤちゃん、今の駄洒落? ヨウだけに、用? ってか」
ヨウはニヤニヤとマヤコの顔を見た。
「違います」
マヤコは早くもヨウに嫌悪を感じていた。
「ヨウちゃん、しばらく家に住むから」
「え、なんで?」
「ヨウちゃんの大学近いんだって」
「そんなのアパート借りれば良いじゃん」
「ついでにお手伝いさんやってもらうの」
「お手伝いさん!?」
「ほらママだけだといろいろ疎かになっちゃってたでしょ」
「だいたい家にはお手伝いミニロボットが居たでしょう!」
「朝に壊れちゃったのよ」
(そんなタイミングよく……)
「ママは私のこと信用してないの? なんでよりによってこんな変な頭で会ったことも無い女に!」
「こら! マヤコ、ヨウちゃんに失礼でしょ!」
「まあまあ、ママさん、マヤちゃんの意見も筋が通ってますよ。アタシも自分の家に頭が赤とオレンジが混ざったようなやつがいきなりお手伝いさんだからって言われたらイヤですもん」
(自覚あるのかよ)
「ま、そういうことだから二人とも仲良くしてね」
マヤコとヨウの出会いは燐全家の居間から始まったのであった。
「マヤちゃん、半袖短パンイカしてんね」
「…………」
マヤコはわざと足音を大きく立てながら二階の自分の部屋に入っていった。
「なにこれ……」
マヤコの部屋で使われていない半分のスペースにダンボール箱が積んであった。
「ママさんからここ使ってって言われちゃってさー」
荷物はぬいぐるみからよくわかんない機械まで様々だった。
大学生というわりには教科書の類が何一つ見当たらず、代わりに文庫本や漫画が何冊もあった。
「本読むんだ?」
「見た目の割にって思ったでしょ? これが読むんだな。普通の人よりも読むかな」
ま、お姉ちゃんだと思って甘えてね」
「私のお姉ちゃんは一人だけなんだよ!」
マヤコは下を向いて怒鳴っていた。
『お姉ちゃん』という単語に反射的に怒鳴っていたことにマヤコは自分自身でも驚いていた。
「ごめん、今のは違う、違うんだ!」
マヤコは学校の鞄を乱暴に床に放り投げ、走って玄関を飛び出した。
マヤコのお姉ちゃんは結婚して家を出て行った。
マヤコはお姉ちゃんが大好きだった。
それなのに、いきなり出てきた真っ赤頭のチャラチャラした女がお姉ちゃんだと?
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
と心の中で何度も叫んだ。
勢いで走ったがマヤコに行き場所なんてなかった。
ただ、ヨウと一緒にいるのがイヤだった。
それだけの理由でヨウを怒鳴りつけてしまったことに罪悪感が押し寄せてきた。
「何やってんだろう……私、これじゃ子どもだよ……」
「いやー、なんか悪かったね」
いつからいたのかマヤコの隣にヨウが立っていた。
反射的に赤信号で身体が止まっていたようだ。
信号が青になって、二人で歩き出した。
走る気力も体力もなくなり、仕方なくヨウと並んで歩く。
「マヤちゃんは、本当にお姉ちゃんが好きなんだねー」
そっぽを向いてマヤコは何も答えなかった。
「アタシもマヤちゃんみたいな妹欲しいなー」
信号を渡り切ったが家とは逆方向だ。
それでもヨウは歩き続ける。
ヨウと並んで歩いていたはずが、いつの間にかヨウの後ろをついていく形になっていた。
他人との人生もこんな風に出来ているのかなとマヤコは子どもながらに思った。
最初は同じスタート地点でヨーイ、ドンで初めて、気が付くと順位が出来ている。
先頭にいたはずが、ビリになっていたり、ビリになっていたはずが先頭にいたり、マヤコはそんなことを考えながらヨウの背中を見ていた。
ヨウが着ているジャージの背中には龍と虎が戦っているイラストがプリントされていた。
歩くがままに公園について二人でベンチに座って、缶のコーラを飲んだ。
なぜか、マヤコの奢りで。
「なんで大人なのにお金持ってないの?」
「お金持ってない大人なんていくらでもいるよ。持ってないのに持ってるふりして大変なことになる大人もいっぱいいるんだよ」
ヨウは得意気に言った。
「知ってる。そういうのがダメな大人なんだ」
「まあまあ、大人にしかない事情だってあるんだから」
「子どもにだって子どもにしかない事情くらいあるよ」
マヤコはつい張り合ってしまった。
大人は大変だって言って、子どもを蔑にされるのがイヤだった。
「そうだね」
ヨウは細い目をさらに細めて優しく微笑んだ。
その顔にマヤコはどこか懐かしさを感じた。
自分でも認めたくないがマヤコはヨウにお姉ちゃんの面影を感じていた。
実はマヤコのお姉ちゃんもヨウに似てマヤコをからかって振り回していたのだ。
マヤコはそれが楽しかった。
今、ヨウといてそれに似たものを感じつつある。
「アタシが子どもの頃かーって最近のような遠い昔のような」
「大人になると忘れちゃうって言うけど本当?」
「うーん。覚えていることとそうでないこともあるし、キレイさっぱり忘れる人もいるから、まあ、人それぞれじゃないかなー」
(こんなやつでも私みたいに子どもの頃があったんだよな……)
頭の中でわかっていても、つい忘れてしまう。
ヨウはコーラを一気に飲み干すと缶をゴミ箱に投げ入れた。
「行儀悪いよ」
「マヤちゃんはこんな大人になっちゃダメだぞ」
「言われなくったってならないっつーの」
マヤコもコーラを飲み干し、ゴミ箱の側に行き、丁寧に捨てた。
(私はこんな大人にならない。でも、こんな大人になりたいという目標もない)
「そろそろ帰ろうか。ママさんが待ってる」
ヨウはベンチから立ち上がると腰を回したり、腕を回したりしている。
「歳を取ると身体が重くてしかたない。大人ツラいー」
ヨウとマヤコは今度は隣同士で歩いた。
夕焼けに二人の影が伸びていた。
なぜだか、いつもより早く家に着いた気がする。
「ただいまー」
マヤコより先にヨウが言った。
ヨウが言ったから自分は言わなくていいかとマヤコは思い、靴を脱いだ。
靴を脱いでいるときにヨウの靴と自分の靴を見比べた。
ヨウの靴は少し大きい、大人の足だ。
いつか自分もこの足で歩く日が来るのだろう。
マヤコは近くて遠い日々を想像した。
「ママ……」
「あら、どうしたのマヤちゃん」
「ヨウのやつのイビキがうるさい」
「ヨウお姉ちゃんでしょ。そうね。居間にまで届いているものね」
「追い出そう」
「マヤちゃんはどうしてそんなに乱暴な結論を出すの」
「あいつキライ」
「まだ、今日来たばかりじゃない」
キライなやつは肌でわかるとは流石に言わなかった。
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