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第1話やくびょう?疫病?薬尾ヨウ(2)
マヤコは黙って自分の部屋に戻った。
わざと足音を大きく立てながら。
部屋に入ると呑気にイビキをかきながら寝ているバカ女が目に入った。
「うるせーな……」
普段は人前でこんな言葉づかいをしないが一人になるとつい出てしまう。
「ん? うるさかった? ごめんごめん」
「お、起きてたの!?」
あんなにイビキをかいていたのに?
「アタシ、つい安心するとイビキ出しちゃう癖があるみたいなんだよね」
「イビキを自由に操作できるの?」
「ふふん。アタシのレベルになるとできるのだ」
ヨウは得意気に言った。
「なら最初からイビキ出さないでよ」
「はは。それはメンゴメンゴ」
「私、ゴメンをメンゴっていう人キライ」
「にゃーごめんね。マヤちゃんの地雷は難しいのだ」
ついでに『にゃー』とかいうやつもキライだ。
「マヤちゃん、学校好き?」
ヨウはゴロンとマヤコに向き合うと訊いてきた。
「キライ寄りの普通」
「マヤちゃんはキライなものが多いね」
「キライなものを無理して好きって言うよりはマシでしょ」
「お、マヤちゃん小学生にしてはわかってんじゃん」
ヨウの言葉がちょっと嬉しかった。
「別に、普通のことじゃん」
「アタシは学校キライだった」
「なに? 自分語り?」
「まあまあ、会話の一つとして聞いてみてよ」
私は布団に入りヨウとは反対の方を向いて寝たふりをした。
「アタシ、他の子とちょっと違う感性の持ち主だったからよく仲間に入れなかったんだ」
ヨウの話を聞いているわけじゃない。
勝手に耳へ入ってくるんだ。
「アタシは自分だからしょうがないと思った。自分はこういう役割なんだと思って意外とツラくなかったんだ。中学上がるまでは……」
その先はいつまで待っても聞こえてこなかったのでヨウの方を振り向いたら小さな寝息を立てながら寝ていた。
「最初からそうやって寝てろよ」
マヤコは小声で文句を言って寝た。
朝早く起きると隣の布団は綺麗にたたまれていた。
家にいる気配もなくママに聞いた。
「ランニングだってー」
「なんで? てかあの派手な頭で?」
「そりゃ日課だからでしょ。ヨウちゃんスタイル良いからね。それに頭は関係ないでしょ」
スタイルってダボダボジャージで全然見えなかったぞ。
「私にはどうせ無理ですよ」
「そうねー。マヤちゃん努力キライだもんねー」
図星を突かれて、その場を逃げる様に顔を洗いに行った。
ちょうどヨウが帰って来て目があった。
「マヤちゃん、おはよう!」
「おはようございます」
マヤコは嫌味のように返した。
「ママさぁん、シャワー借りますね!」
「はーい」
「今から私、顔洗うんだけど」
仕方ないから無心で顔を洗う。
ジャージを脱ぐヨウの姿が鏡に映った。
マヤコは不覚にも見惚れた。
「大人の身体だ……」
「ん? マヤちゃん何か言った?」
「いや、なんでもない」
マヤコの世界にはもう薬尾ヨウという存在が組み込まれていた。
マヤコは密かにこの人が自分の世界を変えてくれるのではないかと期待した。
しかし、彼女はマヤコの世界どころか世界そのものを変えた。
マヤコが住む世界には怪獣がいる。
その怪獣は見えなくて、突然、身体に悪いガスを放つ。
そのときは外すら出られない。
外に出ているときに急に発せされることもある。
だからマヤコはいつでもガスが発せられても良いように対ガス用マスクを常備している。
朝ごはんを食べ終え、マヤコは学校に行った。
「行ってきます」
「いってらっしゃーい」
ヨウが真っ先に行った。
「…………」
ヨウの笑顔になぜかムカついた。
学校の校門につくと声がした。
「マヤコさん、おはよう」
マヤコに声をかけてきたのは春日井シオリだった。
「おはよう」
彼女はいつも一番に声をかけてくれる。
誰に対しても態度を変えない彼女に好感を持つ。
苦手なものがないかのように振る舞う育ちのよさに庶民のマヤコは不釣り合いな気がする。
二人で六年二組と書かれた教室に入る。
シオリは一番前の廊下側の席でマヤコは一番後ろの窓際だ。
お互い自分の席に着くと次の日の「おはよう」まで口を聞かない。
家に異物が入り込んだところでマヤコの学校での日常は変化しない。
……しないはずだった。
「マヤコ! マヤコ! アンタの家に髪が真っ赤な人が入るの見たけど誰! お姉さん!?」
「ちげぇよ!」
マヤコは反射的に怒鳴るようにツッコんだ。
変わったことを見るとすぐに口に出す『筋町ユメ』。
カメラマンを目指しているらしく常にカメラを持ち歩いている。
コイツに話すと話したことが学校中に広まると言われるお喋りさんだ。
(この野次馬娘が……)
後ろ手に縛った黒髪がセンサーのように反応しているように見える。
ユメと家が近いのを忘れていた。
帰ったらヨウにランニングをやめろと言っておかないと。
最悪な気分だったが幸い、チャイムが鳴って救われた。
先生がやってきて、出席確認が始まった。
一日の始めはこれで救われた気分だが、ホームルームが終った途端ユメ含め、他の子たちにまで質問責めにされた。
『髪が真っ赤って不良の人なの?』
「知らん」
『マヤコとその人が一緒にいるイメージわかないなー』
「私もイメージわかないよ」
『お姉さん結婚したんじゃなかったの?』
「アレはお姉ちゃんじゃないってば!」
マヤコのヨウに対する怒りメーターが溜まっていく。
「アイツは疫病だ……薬尾ヨウじゃなくて疫病だ……」
マヤコは質問責めから解放されてグッタリしていると幼馴染の『作田ススム』が声をかけてきた。
マヤコは前、ススムは後ろに座ってるためこっそり話すことがある。
ススムは名前と短い髪のせいでよく男の子と間違えられるが女の子だ。
「マヤコ、ボク、薬尾ヨウさんに会ってみたいんだけど」
ススムは一人称『ボク』がとても良く似合う。
「なんで私に許可取るのさ」
「いや、マヤコの家の人だから」
「会いたければ会えば」
「じゃあ、今日一緒に帰るね」
「いいよ。でもいるかわかんないよ。今時ランニングするようなやつだし」
「ランニングは今でもする人いるよ」
「何々? マヤコの家に行くの? 私も行きたいんだけど!」
ユメが聞きつけてやってきた。
「ユメは……帰り道が同じだからしょうがないか……」
マヤコは内心ため息を尽きつつ、二人と一緒に帰るのが少し楽しかった。
このときシオリがマヤコたちをジッと見ていたのはシオリ以外誰も知らない。
「でもさ、マヤコの話だけ聞いてるとまだ、どんな人かわかんないよね」
「わかるー。話だけだとカッコイイお姉さんぽくて早く会ってみたいよ」
「アイツは疫病神だよ」
「マヤちゃんは冷たいなー」
ユメともススムの声とも違う第三者の声が上から聞こえた。
背の高いヨウはマヤコたち三人を見下ろすように立っていた。
「な、なんでいるの!?」
マヤコはイヤそうだったがユメとススムは目を輝かしていた。
「薬尾ヨウさんですか!」
ユメはヨウに抱き着いてピョンピョン跳ねる勢いだった。
ヨウはユメを抱っこして高い高いをした。
「そうそう。アタシが噂のヨウちゃんでーす」
ヨウはユメを降ろすと両手の人差し指を頬に当ててぶりっ子のようなポーズを取った。
「大人のくせに見てて恥ずかしいんだよ」
「子どものくせに見ててかわいくないんだよ」
マヤコの言葉にヨウは笑顔で返した。
マヤコはさらにヨウがキライになったがユメとススムは今のでヨウの虜になったらしい。
「ヨウさん、なんか他の大人と違う雰囲気ですね」
「うん、なんかカッコイイっす!」
写真良いですか? とユメは早速、カメラを構えた。
ヨウは良いよと言って、ダブルピースで満面の笑みを浮かべた。
写真に写ることがキライなマヤコは写真に撮られたがるやつの神経がわからなかった。
「ありがとうござまっす!」
ユメはヨウにお辞儀をして撮ったばかりの写真をカメラで見ていた。
「ヨウさん、カメラにどうしたら良く写るか把握してますね! 次もよろしくお願いします!」
マヤコとススムは苦笑いでその様子を見ていた。
「ユメの初対面の人とすぐ打ち解ける能力うらやましいな……」
「将来カメラマンになりたいって言ってるかあれくらいのコミュニケーション能力が必要なんでしょ」
「そういえば、最近この辺、野良ロボット出るらしいよ」
盛り上がってるユメとヨウに入れない、マヤコとススムは二人で話すことにした。
「あ、そうらしいね」
ロボットが完全ではないが普及した現代。
一家に一台、小さい物では三十センチからのロボットがあった。
ほとんどが家事を少しカバーする程度のモノだ。
しかし、お金持ちは人と同じくらいかそれより大きいモノを所有しているという。
一般ロボットに比べて細かい作業が出来、家事をカバーするどころか全ての家事を行うことができるらしい。
充電すれば二十四時間稼働可能で人間より便利と言われ、就職率がそのせいで下がった時期があると言われているくらいだ。
そのロボットがときおり、家出をするという事件が増えているという。
庶民には関係ないことだと思っていたが、野良ロボットと化したロボットが人に危害をくわえたことをきっかけに社会問題のひとつになった。
ロボット反対は引き合いに出して、ロボット撤廃運動を強めた。
「やっぱりロボットは危険だ!」
「ロボットがいずれ世界を支配する!」
「いますぐ家庭にあるロボットを捨てるべき!」
ネットやテレビでは常にこの話題が取り上げられる。
「ススムの家のロボットそこそこ大きいよね」
「うん、お父さんがロボット好きもあって、なんか機能もいろいろ付いてる」
「私の家にもミニ家政婦ロボットいたんだけどなぜかヨウが来たタイミングで壊れた」
そう言って二人でヨウを見た。
それに気付いたヨウは無邪気にピースをした。
「でも、ヨウさんが来たってのうらやましいな」
「ススムに上げようか?」
「ヨウさんはモノじゃないよ。なんていうかカッコイイんだよね」
「ススムの趣味よくわからん」
ユメはヨウとすっかり仲良くなり、ヨウのことを「ヨウの姉貴」と呼んでいた。
(お前は舎弟か!)
マヤコは心の中でツッコんだ。
声を出して笑っていたヨウが急にピタリと静かになったかと思うと、三人をふさぐように手を広げた。
「ヨウどうしたの?」
そのとき「ガチャッガチャッ」と妙な音が前方から聞こえてきた。
ちょうど曲がり角からそいつは現れた。
野良ロボットだ。
ルールを守らず不法投棄でロボットを捨てて社会問題になっているが、こいつはマヤコが知っているロボットの大きさではなかった。
2mで装甲が分厚く、家庭用ロボットというより工業用のロボットかもしれない。
「え、ここで野良ロボットなんて初めてだよ! てかデカくない!?」
ユメはカメラを構えるのも忘れるほど驚いていた。
工業用で野良ロボットが出るなんてありえない。
工業用は厳重に廃棄され、絶対に野良ロボットにならないはずなのだ。
「警察! ヨウさん、警察呼びましょう!」
警察に連絡しても、間に合うかわからない。
「ヨウ! 逃げよう! アイツ、そんなに早く動けると思えないよ!」
しかし、マヤコの言葉とは裏腹にガチャガチャと動く音は徐々に早くなっていた。
急に逃げられる自信がなくなってきた。
工業用野良ロボットは両腕から回転のこぎりを出し、街路樹を切り倒した。
「ちょっとマジでやばいんじゃないの!?」
「ヨウ! 逃げようったら」
「マヤコちゃんたちは逃げてアタシはコイツを処分してからにする!」
ヨウはにやりと笑うと野良ロボット目掛けて走った。
そして。特撮番組のヒーローかのような蹴りを見事にロボットに入れた。
さらにヨウは宙に浮いたまま、回し蹴りを繰り出した。
野良ロボットは腕を振り回すがその動きを先に読んでいるかのように、ヨウはよける。
マヤコたちは離れたところでその様子を見ていた。
「何……あれ……」
「ヨウさん、すごい……」
「人間技じゃないよ……」
三人はその戦いから目を離すことができなかった。
野良ロボットは完全に沈黙した。
ユメとススムはヨウに駆け寄り「大丈夫ですか!」と声をいろいろとかけてる。
「平気平気ー。アタシはアンタらが心配だよ」
「ボク達は大丈夫です! ヨウさんかっこよかったです!」
「あ、ほんと? マジ嬉しい! とりあえず、野良ロボットの撤去を警察に頼まないとねー」
マヤコは悔しくも野良ロボットを倒すヨウの姿をカッコイイと思った。
警察と回収班が来て、何やらヨウは事情聴取兼お叱りを受けている様だった。
ヨウが免許証らしきモノを警察に見せると警察は笑い出した。
「先に言ってくださいよ!」
という声が聴こえた。
警察がヨウに敬語ってどういうことだろうとマヤコの中でヨウに対する疑問が深まった。
「全く、ロボット捨てるなんて許せないよ。本当に……」
ヨウは小さな声で言ったがマヤコの耳には入っていた。
(ヨウにも怒りの感情ってあるんだ)
ヨウとマヤコはユメとススムと別れ、家に帰った。
マヤコはヨウと家に帰るなり、ヨウが野良ロボットを倒したことを話した。
「あらーヨウちゃんすごいじゃない!?」
ママはテストで百点を取った子のを褒めるノリでヨウに言った。
「えへへー。あんなの楽勝ですよ!」
ヨウはちょっと重い荷物を持ち上げただけの感覚かのようにガッツポーズをした。
「ちょうどハンバーグ作ってたからヨウちゃん、これで体力戻してね」
「マジっすか! アタシ、ハンバーグ大好きっす! ママさん愛してますよ!」
ヨウは恥ずかしげもなく言うと軽い敬礼みたいなポーズを取り、一度、部屋へ行った。
「変なやつ……」
「ヨウちゃんの元気をマヤちゃんにもわけてあげたいわねー」
「冗談じゃないよ!」
マヤコは全力で否定した。
食事のときもヨウはいかにしてロボットを倒したかとかユメとススムと仲良くなったとかをずっと話していた。
食事をヨウよりも早く終わらせ、マヤコは風呂に入った。
マヤコはいつも風呂の中で考え事をする。
そのせいで長風呂になることが多く、よくお姉ちゃんに怒られた。
「それも、もう遠い昔に感じるな。まだ一年しか経ってないのに」
(ヨウ、アイツは何者なんだろう……)
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