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ナオフミさんの声のトーンの変化に焦ることなく、お決まりの文句のように流暢な言い回しでそう言った。
さすが毎日多数の人が行きかう病院玄関を護り続ける百戦錬磨の警備員さん
って、スキルアップハッピールートなんて初耳なんだけど・・・
「そんなルートあるんです?」
「あるんですよ~日詠先生!!!!!」
「じゃ、彼女とふたりでここを通ったってことは・・・」
えっ?
警備員さんの言うスキルアップハッピールート
信じるの?
「伶菜先生もきっと今まで以上に患者さんに感謝される仕事ができるのでは?」
「そうなんですね。現に患者さん達も彼女の復帰を待ってますしね。」
「そう。もう随分前の話なんだけどね・・」
警備員さんは濃紺色の制帽を胸の前で抱え、懐かしそうな表情を浮かべ天を仰いだ。
ゆっくりとその話を聴きたかった私はナオフミさんに抱っこ状態から下ろしてと小さな声でお願いした。
いつもなら、“充電中だから無理”とかサラリとかわすナオフミさんも彼の話が気になったのか、コクリと頷き、私をそっと解放してくれた。
ふたり並んだ姿にちらりと目をやった彼だったけれど、注目されるのが苦手なのか、再び目を逸らし、天井を見上げた。
「まだ、俺が右も左もわからない、青二才だった頃だったな。」
高校卒業後すぐに警備会社に就職した彼は、この病院の守衛室に配属され、もう30年近くになるらしい
その彼の担当は主に日中の病院玄関の警備
色々な患者さん、ご家族だけでなく、そこを行き交う職員の様子もしっかりとその鋭い瞳で見守り続けてきたそうだ
そんな彼がどうしても忘れられなかったのが
20数年前にこの病院内で起きた事故
「丁度、休憩時間に院内をブラブラしている時にすれ違った職員に手を貸して欲しい。屋上へ急げって頼まれてな。」
スキルアップハッピーロードと言い伝えられているらしいこの薄暗い通路。
所々、蛍光灯の照度が落ちている箇所があって、その通称と場所がいまいちマッチしていないそこで彼が丁寧に紡ぐ話を私達はふたり並んでじっと耳を傾けていた。
白衣姿の彼はまだしも、
ウエディングドレス姿の私は明らかにそこにミスマッチだったけれど
警備員さんが語るこの病院での昔の出来事を知りたい一心で
そんなことに気を留めてなんていられなかった。
「俺が屋上へ向かった時は、すでに他の職員達も集まっていてね。俺の出る幕はないかも・・そう思った時だったよ。」
そう呟いた警備員さんはナオフミさんのほうを向いて小さく笑った。
それを向けられたナオフミさんはというと
「もしかして、あなたは親父が倒れた時、僕の傍にいてくれた・・・」
何かを想い出したかのように目を大きく見開き、彼も警備員さんのほうを向いた。
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