第1話 束縛男と私のユリ

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第1話 束縛男と私のユリ

「これ、何の花ですか?」 6月の雨が、惰性のように降り続けている夕方の帰り道。 近所の花屋さん「フラワーショップたかやま」で、入り口近くに置いてある薄桃色の花に吸い込まれるようにして、私は店の中に足を踏み入れた。 「ああ、それは、ササユリです」 腰に巻いた黒いエプロンで手を拭きながらそう教えてくれたのは、いかにも「花屋の娘」という感じの、清楚な見た目の女性店員だ。黒髪を後ろで一つに束ねている。歳は、私と同じくらいだろうか。 左手の薬指をチラリと見やったが、そこには何も付いていない。 なぜかそのことにほっと安堵しながら、もう一度店員さんに尋ねた。 「ササユリって、買っていく人多いんですか?」 「うーん、そうですねぇ。ぼちぼち……というところでしょうか。やっぱり、バラとかガーベラみたいな華やかな花の方が、贈り物としてよく売れるので」 商売下手なのだろうか。店員さんは、ササユリの売れ行きがあまりよろしくないということを正直に教えてくれた。 それにしたって、店頭で思い切り「見てくれ」とばかりに飾ってあるのは、彼女のこだわりなのだろうか。 「あ、でも、ササユリはとても希少なお花なんですよ。発芽してから開花するまでに5年以上はかかると言われています。だから、ご自分で栽培するのは難しいかと」 なるほど、そういう戦略か。 おそらく、目の前の店員さんは私に目の前の希少な花を売りつけようと躍起になっているわけでもなさそうなのだが、彼女の話は、私にかの花に手を伸ばさせるには十分なぐらい、戦略的でかつあざとかった。 しかし、それ以上に、私の中の何かが、「ササユリを買おう」と呼びかけているように感じたのは確かだ。 その控えめでいて愛らしいピンク色をした花が、綺麗だと思ったから。 「分かりました。ササユリを一輪、ください」 今まで生きてきて、まともに花なんて買ったことがなかったのに、気づいたら私は店員さんの方を向いて、ササユリを指差していた。 「かしこまりました。ありがとうございます」 客である私に向かってゆるく微笑んだ店員さんと、淡いピンク色をしたササユリの花が、頭の中で完全に重なって溶けた。
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