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「由梨、お先に———」
お風呂から出て来た弘志が、私の部屋に躊躇なく足を踏み入れる。
「弘志……あなたは、知ってたのね……?」
「由梨、まさか」
スマホを見たのか、と白々しく驚いてみせる彼が、狂おしいほど憎らしい。
彼は、私とデートしている最中に、私の妹から連絡を受けていた。
きっと妹は、私の携帯に何度連絡を入れても繋がらないから、弘志のスマホに電話をしたのだ。妹を以前彼に会わせたことがあるから、彼女は弘志の電話番号を知っていた。
「知ってたんでしょ」
「……」
「どうして、教えてくれなかったの!? こんな大事なことをどうしてっ」
どれくらい叫んだら、無表情で私の前に突っ立っている彼に届くのだろう。
「どうして、どうして、どうして、どうして……」
彼の胸をダン、ダン、と叩きながら叫ぶ。
「……俺は、由梨とずっと一緒にいたかったから」
彼の口からその言葉を聞いた時、私は自分の中の何かの糸がプツンと切れてしまうのを感じた。
「……出てって」
「え? どうして——」
「いいから、出てってよ!!」
身体中から湧き出る叫びが、痛みが、生まれてこのかた経験したこともないくらいに、爆発した。
「……」
言葉を発することのできない、子供みたいに歪んだ弘志の顔が、私の心をより一層かき乱す。
「早くっっ!」
彼を部屋から押し出し、グイッと腕を引っ張って家の外まで連れ出した。
「由梨、ゴメン」
「何が、『ごめん』よ。お母さんの死に目に遭わせてくれなかったあんたなんて、最低最悪の男よっ……」
それだけ言って、玄関の鍵を閉める。
彼は私のことになるとしぶといから、そのまま立ち去ってくれるかどうか心配だった。
しかし、しばらく玄関を見張っていても、彼が弁解してきたり、ドアを叩いてきたりすることはなかった。
あの束縛男も、私の慟哭っぷりに観念したのだ。
根拠はないけれど、彼がこれ以上私にまとわりついて来ないということを悟った。
「さよなら」
誰にともなく、別れの言葉を口にして私は部屋に戻る。
窓辺に咲いたササユリが、いつの間にか枯れてしまっていた。
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