第2話 ギャンブル道化師

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あれから15年以上の時間が流れ、27歳になった私は、自ら開業した花屋で働いている。 6月の雨は、どうしてこうも図太いのだろう。 この日も、ずっと雨が降っていた。 教室で窓ガラスに張り付く雨を時々ちらりと見やりながら本を読む。 そんな小中学校時代の自分と同じように、「フラワーショップたかやま」の店内からしとしとと振り続ける雨を、ぼんやり眺めていたのだ。 お客さんが現れたのは、ちょうどそのとき。 「これ、何の花ですか?」 店先で白地に金色のドット柄の傘を差した女性が、とある花を指差してそう訊いてきた。 「ああ、それは、ササユリです」 女性は、おそらく自分と同じくらいの年齢だろう。 焦げ茶色の髪の毛が、肩より少し長いところで自然に外ハネしている。 仕事帰りなのか、清潔感のあるブラウスにパンツスタイルで、いかにもキャリアウーマンという印象を受けた。それでいて、たとえば肉食女子と呼ばれるような派手な雰囲気がない。落ち着いていて、でも社会で必要とされる社交性を十分に備えていそう——そう、私とちがって。 一眼見ただけで、その人の人となりをあることないこと推測してしまうのは、私の悪い癖だ。 「ササユリって、買っていく人多いんですか?」 「うーん、そうですねぇ。ぼちぼち……というところでしょうか。やっぱり、バラとかガーベラみたいな華やかな花の方が、贈り物としてよく売れるので」 言ったあとで、これは言わない方が良かったかな、と少しだけ後悔。花屋店員なのに、お客さんが興味を持ってくれたお花の悪いところを言ってどうする。 「あ、でも、ササユリはとても希少なお花なんですよ。発芽してから開花するまでに5年以上はかかると言われています。だから、ご自分で栽培するのは難しいかと」 慌ててササユリの「希少性」について語ろうと思ったが、これまた最終的にマイナスポイントを推してしまい、失敗。 ああ、私はなんて、商売下手なんだろう……。 目の前で指先を顎に当ててササユリを買うか買うまいか考えているお客さんを、そっと見つめる。 さっきの言葉じゃ、絶対買ってくれないだろうなぁと落胆したそのとき。 「分かりました。ササユリを一輪、ください」 意外なことに、彼女はササユリを買ってくれるという。 びっくりして思わず「えっ」と声を上げそうになったが、そんな失礼な態度はよろしくない。 代わりに、ありがとうの気持ちを最大限込めて笑ってみせた。 「かしこまりました。ありがとうございます」
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