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「由梨、どこ行っとったん?」
403号室のマンションの扉を開けたとたん、中から出て来た男に、私はぎょっと後ずさりした。
「……ちょっと、寄り道しただけよ」
その男——加藤弘志は、今月で交際一年目になる私の恋人だ。
互いに社会人で一人暮らしをしていたのだが、付き合って間もなくして彼が私の一人暮らしの部屋に棲みつくようになった。
30歳で地方公務員。
堅気の仕事で稼ぎもそこそこ。
顔だって、イケメンまではいかないが、私好みのすっきりとした凛々しい顔立ちをしている。
28歳で一般企業に勤める私とは違い、帰りの時間もほとんど毎日決まって早い。いつも彼の方が私より1時間は早く帰宅している。
「寄り道って、どこに?」
弘志は、帰宅したばかりで履いていたパンプスをまだ満足に脱げてすらいない私に、ぐいっと近寄って、私の口から納得のゆく答えが漏れ出るのを待つ。
「えっと、近くの花屋さんに……」
新聞紙に巻かれた一輪のササユリを、彼の前にそっと差し出す。
「あ、そう。それなら先に言ってよ。ご飯作っちゃって、あと5分も遅かったら冷めるとこだったんだ」
「……ごめん」
仕事から帰ってくれば、私のために夕飯まで用意しておいてくれる彼。
側から見れば、私と彼の間にはなんの問題もないように見えるだろう。
むしろ、大学時代の友人や職場恋愛をしている同僚や先輩たちから聞くドロドロとした恋愛奇談に比べたら、幾分か恵まれている——と、思われている。
けれど、彼——弘志には、どうしようもない性質があった。
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