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しかし、私の思いとは裏腹に彼の表情がどんどん険しくなるのが分かった。
「ああ……、そのことなんだけど」
口につけていた紅茶を離し、気まずそうに彼はその一声を投げかけた。
「茜……、俺と、別れてくれないか」
ゴクリと、自分が生唾を飲み込む音がうるさいくらい頭の奥で響いた。
それから、途端に湧き上がってくる感情たちが、訳も分からずぐるぐると喧嘩して私から理性を奪ってゆく。
「どうして……?」
本当に様々な感情が闘っていた。
闘っては消えて、最後に本当に知りたい言葉だけが残ったのだ。
「どうして、そんなこと」
私だってもう29歳の大人だ。大人だと言い張るには十分すぎるくらいの年齢。だから友貴人と付き合う前にだって、こんな経験ぐらいしたことはある。でも、二人で過ごしてきた10年という時間は、私を子供みたいに「なんで? どうして?」と言わせるに値するほど長い時間だったのだ。濃密な時だったのだ。
「……茜、俺さ」
「……」
「好きな人が、できたんだ」
「え……?」
「好きな人ができた。だからこれ以上、茜に嘘をつくのが、嫌なんだ」
友貴人は、冷め始めたカップの持ち手をぎゅうっと握っていた。
みるみるうちに、彼の右手の指が真っ赤に染まってゆく。全身を駆け巡る血液のせいだ。
しかしそれと反対に、私は自分の身体からサアっと血の気が引いてゆくのを感じた。
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