第3話 浮気男と冬のバラード

12/35
前へ
/83ページ
次へ
しかし、私の思いとは裏腹に彼の表情がどんどん険しくなるのが分かった。 「ああ……、そのことなんだけど」 口につけていた紅茶を離し、気まずそうに彼はその一声を投げかけた。 「茜……、俺と、別れてくれないか」 ゴクリと、自分が生唾を飲み込む音がうるさいくらい頭の奥で響いた。 それから、途端に湧き上がってくる感情たちが、訳も分からずぐるぐると喧嘩して私から理性を奪ってゆく。 「どうして……?」 本当に様々な感情が闘っていた。 闘っては消えて、最後に本当に知りたい言葉だけが残ったのだ。 「どうして、そんなこと」 私だってもう29歳の大人だ。大人だと言い張るには十分すぎるくらいの年齢。だから友貴人と付き合う前にだって、こんな経験ぐらいしたことはある。でも、二人で過ごしてきた10年という時間は、私を子供みたいに「なんで? どうして?」と言わせるに値するほど長い時間だったのだ。濃密な時だったのだ。 「……茜、俺さ」 「……」 「好きな人が、できたんだ」 「え……?」 「好きな人ができた。だからこれ以上、茜に嘘をつくのが、嫌なんだ」 友貴人は、冷め始めたカップの持ち手をぎゅうっと握っていた。 みるみるうちに、彼の右手の指が真っ赤に染まってゆく。全身を駆け巡る血液のせいだ。 しかしそれと反対に、私は自分の身体からサアっと血の気が引いてゆくのを感じた。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加