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「茜さん、もう帰るんですか?」
職場の定時が訪れた瞬間、私はばっと立ち上がって荷物をまとめ始めた。
「え、ええ。ちょっと、調子が良くないから……」
さっきはあれほど虚勢でも何でも張って、後輩に格好悪いところを見せまいと頑張っていたのに。
菜々子に対して、簡単に弱みを見せている自分がなんとも情けなかった。
しかし、それでも。
「そうですね。それが、いいです」
「え?」
「茜さんは早く元気になってください」
菜々子は私の背中を押してくれる。
いつもいつも、「あーもう、今日もメイクが決まらなかった!」と嘆きながら出社している彼女は、本当はメイクの乗り具合なんて気にしていない子なのだ。
ただただ、毎日の職場の雰囲気を少しでも明るくしようと努めてくれる優しい子なのだ。
「……ありがと」
優しい後輩の配慮を受け、仕事が終わったその足で、私は彼の職場に向かった。
自分のやっていることは、間違いなく正しくない。
側から見ればストーカーも同然だ。おっかない女だ。私が男だったら、私は私みたいな人間と付き合いたくない。
そう思うのに、なぜか彼は、私と10年も一緒にいてくれた。
それが何を意味しているのか、私たちの10年に何の意味もなかったのか。
それだけを、私は知りたかった。
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