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仕事上がりに乗る電車は、ここら一帯に住む人たちが一度に集まっているのではないかというぐらい混み合っていた。
定時の17時に上がるのは久しぶりで、17時の電車がこんなに混雑しているなんて、随分とホワイトな会社が多いなと思う。
彼の職場の最寄り駅まで40分かけて向かった。
「うわ、さぶっ……」
電車の中が暖かかったから、外に出ると2月の冷たい空気が容赦なく私の身体を痛めつける。おまけに海の近くということもあり、とんでもなく風が強い。
腕を組み、寒さから身体を守りながら私は前へと進む。
彼が努めている会社はここらで一番大きなビルの中にあるため、地図を見なくても方向は分かった。
「あ……」
自分の足が、自分の意思とは関係なく止まったのは、駅から歩き出して5分もしない頃だった。
おそらくオフィスビルかと思われる建物の一階に、カフェがあった。
軽いランチやディナーができそうな、ガラス張りのおしゃれなカフェだ。
そこに、彼がいたのだ。
彼は女の人と一緒だった。
しかし、今いる自分の位置からはその女性が誰なのかはっきりと分からなかった。
きっと彼が言っていた、「好きな人」に違いない。
女性の正体を知ったところで何も良いことなんてない上に、知らない人である可能性が高いにもかかわらず、私は女性のことを見ようと、カフェのある建物に近づいた。
「え———」
信じられない光景を見た。
二人掛けのテーブルで彼と向き合って座っていたのは、胸のあたりまで伸びたサラサラの黒髪が美しい女性。
「冬子……?」
後ろ姿だけでも分かる。だって彼女は私の親友なのだから。小学校から大学までずっと一緒に過ごしたのだから。
彼女———諏訪冬子が峰友貴人と一緒にいる。
大学を卒業してから、3人で会ったことは一度もない。しかし彼は確実に、冬子と何度か会っていたに違いない。この間の誕生日デートの時には「元気にしてるかな」と言っていたが、あれは嘘だったのだ。
それにしても、なぜ彼と冬子が一緒にいるの———と考える余地が全くなかった。
彼は、冬子のことが好きなんだ。
事情を聞いたわけでもないのに、その予測に間違いないと確信できる自分に驚いた。
それくらい、冬子と友貴人が一緒にいる様子が自然だったからだ。
もうこれ以上、その場にいたくなかった。
大好きな二人が私抜きで仲良さげに話しているところをまじまじと見ているなんて、耐えられない。
後ずさりしながら、彼と彼女を見つめながら、私はくるりと振り返る。その瞬間、カフェの中にいた友貴人が私の存在に気がつき、ばっと椅子から立ち上がった———というのは、私の妄想だったか本当のことだったか分からない。
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