第3話 浮気男と冬のバラード

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「どうして、言ってくれなかったの?」 私は恐らく、自分が彼に一番聞きたいと思っていたことを言葉にした。 どうして病気だからって私と別れようとしたの。 どうして今まで病気のことを黙っていたの。 どうして何も言わなかったの。 どうして私とは会わずに、冬子と会ったりなんかしたの。 その全てを、彼にそのままぶつけてしまいたかった。 けれどその行為は彼を追い詰めるだけでしかないのだ。 しかし友貴人は、私の想像の通りに押し黙ることなく、それが礼儀だとでも言うかのように答えてくれた。 「茜を、悲しませたくなかったんだ」 ドクン、と自分の心臓の音がはっきりとした形となって聞こえてきた。 「病気のことを茜に告げて、何になるんだ? もう助からないと知っているのに、俺はいなくなると決まっているのに、茜に真実を言ったって、いずれ辛い思いをするのは茜じゃないか。だから言わずに別れたかった。今ならまだ間に合うと思った。まだ茜とさよならするには取り返しのつくタイミングだ。俺が臥せってからじゃ遅いんだ。別れるのはもちろん辛い。俺だって本当は別れたくなかった。でもそれが、茜にとって一番幸せだと思ったから。だから、言えなかった」 唖然として、言葉が出なかった。 彼が嘘をついたのは、全て私のためだったなんて。 別れようと言ったのも私を思ってのことだっただなんて。 「友貴人……」 気がつくと私は、膝に乗せた両手をぎゅっと握りしめて泣いていた。 自分の不甲斐なさに、情けなさに、友貴人の辛さに気づいてあげられなかった未熟さに泣いた。 「冬子ちゃんと会っていたのは、俺がいなくなった後、茜のことをお願いするためだった。自惚れかもしれないけど———俺がいなくなって、茜がもし俺のことで泣いたら、冬子ちゃんに慰めてもらうために。でも、茜に冬子ちゃんと一緒にいるところを見られて、俺は気づいたんだ。こんなふうに最後まで茜に事実を隠したままいなくなるのは、茜に失礼だって。フェアじゃないし、何より自分が一番後悔していることが分かった……」 冬子との話は、私の胸を締め付けさせるには十分なものだった。 彼は一人で悩んでいたのだ。 私に真実を隠そうと思いながら、心がそれを否定する。本当は言ってしまいたいと思っていたはずだ。少しでも心を軽くしたいと思っていただろう。そして何より、私のことをまだ想ってくれているというのなら、別れを告げる時、罪悪感に苛まれていたことだろう。 だって、一番苦しいのは紛れもなく友貴人なのだから———。
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