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「どうして、言ってくれなかったの?」
私は恐らく、自分が彼に一番聞きたいと思っていたことを言葉にした。
どうして病気だからって私と別れようとしたの。
どうして今まで病気のことを黙っていたの。
どうして何も言わなかったの。
どうして私とは会わずに、冬子と会ったりなんかしたの。
その全てを、彼にそのままぶつけてしまいたかった。
けれどその行為は彼を追い詰めるだけでしかないのだ。
しかし友貴人は、私の想像の通りに押し黙ることなく、それが礼儀だとでも言うかのように答えてくれた。
「茜を、悲しませたくなかったんだ」
ドクン、と自分の心臓の音がはっきりとした形となって聞こえてきた。
「病気のことを茜に告げて、何になるんだ? もう助からないと知っているのに、俺はいなくなると決まっているのに、茜に真実を言ったって、いずれ辛い思いをするのは茜じゃないか。だから言わずに別れたかった。今ならまだ間に合うと思った。まだ茜とさよならするには取り返しのつくタイミングだ。俺が臥せってからじゃ遅いんだ。別れるのはもちろん辛い。俺だって本当は別れたくなかった。でもそれが、茜にとって一番幸せだと思ったから。だから、言えなかった」
唖然として、言葉が出なかった。
彼が嘘をついたのは、全て私のためだったなんて。
別れようと言ったのも私を思ってのことだっただなんて。
「友貴人……」
気がつくと私は、膝に乗せた両手をぎゅっと握りしめて泣いていた。
自分の不甲斐なさに、情けなさに、友貴人の辛さに気づいてあげられなかった未熟さに泣いた。
「冬子ちゃんと会っていたのは、俺がいなくなった後、茜のことをお願いするためだった。自惚れかもしれないけど———俺がいなくなって、茜がもし俺のことで泣いたら、冬子ちゃんに慰めてもらうために。でも、茜に冬子ちゃんと一緒にいるところを見られて、俺は気づいたんだ。こんなふうに最後まで茜に事実を隠したままいなくなるのは、茜に失礼だって。フェアじゃないし、何より自分が一番後悔していることが分かった……」
冬子との話は、私の胸を締め付けさせるには十分なものだった。
彼は一人で悩んでいたのだ。
私に真実を隠そうと思いながら、心がそれを否定する。本当は言ってしまいたいと思っていたはずだ。少しでも心を軽くしたいと思っていただろう。そして何より、私のことをまだ想ってくれているというのなら、別れを告げる時、罪悪感に苛まれていたことだろう。
だって、一番苦しいのは紛れもなく友貴人なのだから———。
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