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食材の買い物をして、合鍵を使って稜の部屋に入る。
稜は少し前に引っ越したばかり。稜の就職先の近くにあるロフト付きのワンルームマンションで、小さいシステムキッチンに洗面台まである、設備の整った真新しいマンションだ。
新しい稜の部屋に入るのは、これでまだ二度目。
「あいつって、案外綺麗にしてるんだよな……」
時間がないない言うわりに、稜はきちんとした生活を送っている。細かなところまで掃除は行き届いているし、健人とは違い、ひとり暮らしでも毎日のように料理をするらしくキッチン用品はひととおり揃っている。
「よし!」
買ってきた食材を小さなひとり暮らし用の冷蔵庫に無理矢理詰め込んで、サプライズの準備にとりかかる。
スマホで作り方を調べつつ、見よう見まねでやってみる。が、これがかなり難しい。
なぜかスポンジケーキは膨らまないし、ハンバーグは焦げているのに中は生焼けになってしまい、なんともひどいものができあがる。
このままではお祝いのケーキも料理もままならない。
無駄な時間が過ぎ、失敗作だけが山になる。もうすぐ稜が帰宅するかもしれない。このままでは何も用意できないまま稜をむかえることになってしまう。
健人は涙目になりつつ、今度はハンドブレンダーでボウルに入れた生クリームを泡立てようと試みる。
「うわっ!」
どういうわけか生クリームが飛び散り、あたりじゅうが生クリームだらけになる。健人自身も生クリームを浴びて、顔も服もベッタベタだ。
「最悪だよ……やっば、どうしよう……」
慣れないことをいきなりするものじゃない、と後悔してもそれは先に立たず。
とりあえず汚れたTシャツを脱ぎ捨て、飛び散った生クリームの掃除をする。
髪までベタベタなので稜の家のシャワーを借りてサッと洗い流して、申し訳ないが稜の服を勝手に借りた。
借りたのは椅子の背もたれをハンガー代わりにして引っ掛けてあった稜の長袖シャツだ。健人にとってはオーバーサイズだがクローゼットをあさるのは忍びないし、とりあえずパンツ一枚でいるよりはいい。
わずかな足音のあと、ガチャリと扉が開く音が響く。
健人はハッと息を呑む。なにもできないまま、稜が帰ってきてしまった。
ドアを開ければすぐにキッチンだ。ワンルームマンションに隠れる場所なんてない。
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