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10.何も言わないから
手を持ったまま立ち上がる槇。そして耳元で囁く。
「おとなしくヤラセろよ。じゃなけりゃ、アイツに言うぞ」
「な…」
耳たぶを噛みながら低い声で囁く。
「お前、最近同じクラスのやつと仲良いんだってな。なあ、アイツの何がいい?頭?顔?それとも家柄か」
「何言ってんだ…っ、やめろよ」
舌がいつものように首筋から鎖骨に降りていき、不意に離れたかと思うと、唇を重ねてくる。随分前にあった、乱暴なキス。ヌルリと槇の舌が口内をかき混ぜる。
「んんんーっ、ん!」
涎が流れるくらい乱暴にされ、息ができなくなる。ようやく離された瞬間、槇に押さえつけられていた手を抜いて俺は席から立ち上がり、思い切り顔面を殴った。
槇は殴られた頬に手をやり、ジッと俺を睨んでいた。
「この先、俺に触れるならお前を許さない。だいたい何で俺に触れてきたんだ?お前はこんなにリスクが高いことをするようなバカじゃないだろ」
「そのバカに抵抗しなかったのは誰だよ」
低い声で、槇が呟く。その言葉に俺は返せなかった。
「お前が抵抗しないから…っ」
槇はその後の言葉を飲み込んだまま無言になった。
俺が抵抗しなかったから?
だから、槇は…エスカレートしたっていうのか?
数分、無言のまま俺たちはそこから動けなかった。槇は少しうなだれたまま、ふいに小さな声で呟く。
「…今まで悪かった。もう君には指一本触れない」
その変わりように、拍子抜けしてしまった。さっきまで攻撃的な顔をしていたのに、落ち着いたのか槇はいつもの顔に戻っていた。
そして置いていた眼鏡をかけて深呼吸する。
「卒業までは今まで通り副会長として、力を貸してもらえる?」
その声はか弱いものだった。いつも自信満々に話すのに。
「…お前が生徒会長である限り、俺はお前を支える」
それを聞くと、槇はフッと笑った。
「ありがとう。…先に出ていってもらって良い?もう少し、することがある」
時計を見るともういい時間だった。俺は鞄をとり、乱れた服装を整え執行部を出ようとする。振り向いたとき、槇は背中を向けていた。なんだか一回りくらい小さくなったように見える。
「じゃあ、また明日の放課後のミーティングで」
俺がそう言うと、槇はそのまま、肩越しに俺に手を振った。
教室に向かう途中、木村とすれ違った。
あいつ、教室と逆方向だけど、どこに行くんだろうか。
***
「あーあ、みっともない。生徒会長さん。殴られたの?」
「うるさい」
「不器用なんだから。本当は好きだったんだろ?篁が副会長になったときすっげー喜んでたじゃん」
「だからっ…うるさいって崇」
「篁は全然分からなかったんだな。まあ俺は仲良しのクラスメートができたらしいって言っただけだけど?」
「…」
「まあまあ。幼馴染の俺が慰めてやっから、な。てかお前もたいがい、鈍い奴だけどな」
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