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2.朝会
「三分遅刻」
執行部の部屋の戸を開けた途端、中から声がした。椅子に座って俺を軽く睨むのは生徒会長の槇。黒縁メガネをかけた彼はとにかく時間に厳しい。
「す、すみません」
「珍しいね。篁君が遅れるなんて」
俺は息を切らしながら、鞄を机に置き槇の正面に座る。鞄の中からノートを取り出すと槇は『じゃあ始めるよ』と呟いた。
***
中高一貫である徳南学園に受験で合格し、高校から外部入学した俺は少しだけ、周りをざわつかせていたらしい。
『篁家の跡取りだろ?コネじゃないのか』
『いや、コネじゃないらしいぜ』
『外部での合格率、ほぼないってのに?すげえな』
初めて教室に入った時に聞こえたクラスメイトの『陰口』。将来、上に立つ人間になろうとする奴らがこれかと俺はため息をついた。
蒼介さんからは無理に徳南学園に入学しなくてもいいと言われた。智紀の行きたい学校に行くべきだよ、と。だけど俺が選んだのはこの学園だ。試験のレベルは確かにキツかったけど、合格できたのは信念があったからだ。
自ら一人になった俺を心配してくれ、篁家への養子話を進めてくれた祖父のため。そしてそれを受け入れて、迎えてくれた蒼介さんのため。
篁家十四代の当主に相応しい人間なるため。
クラスメイトの小さな嫌味なんて、どうでもいい。
生徒会執行部に興味あるかい?と、聞かれたのは一年の秋。クラスメイトの中でもいつもトップクラスの成績だった槇にそう聞かれた。
「…特には」
「そうか。残念だな、君みたいな優秀な生徒なら僕の片腕として活躍してくれそうなのに。内申点も高くなるし、ウチの歴史ある執行部の一員だったっていうだけで一目置かれるんだけどね」
聞いてもいないのにペラペラ喋る槇に、面食らいながら最後に聞いた言葉に引っかかった。
「執行部入ったら内申点あがるのか」
「まあね。ウチの場合それどころじゃないけど。高校生の域を超えてるから。ああそれに、歴代の生徒会執行部の中には篁家の人もいるよ」
コイツは俺の心の内側が分かるのだろうか。篁家に相応しい人間になりたいと思っていることを。
「…詳しく教えて」
俺がそう言うと、黒縁メガネの奥で槇はにっこりと笑った。
それから半年後。槇は見事に生徒会長の座を手にして、俺は副会長となった。
***
【朝会】なんてなかった、と言っていた蒼介さんの言葉は本当だと思う。
何故なら俺以外の執行部の生徒はこの当番がないからだ。
そう、槇の気まぐれで始まった【朝会】。二週間に一回、木曜日の朝に二人きりでこれからの執行部のあり方をディスカッションする。
何も二人じゃなくても、と槇に伝えたことがあるのだがこう言うのは濃密にやったほうがいいんだよと言われた。
後期の予算について三十分ほと話し合い、ある程度、話がまとまった。槇は満足そうにノートを鞄にしまう。
「やっぱり篁くんは頭の回転が早いな」
「槇に言われても、嫌味にしか聞こえない」
俺が反論するとまあまあと苦笑いする。そして鞄を机に置き、席を立つ。
そして俺の横に立ち、右手で俺の顔に触れた。メガネを左手で外し、机に置くと槇の顔が近づいてきた。くい、と顎をもたれて顔を上げそのまま俺の唇に槇の唇が重なった。もう、驚かなくなったこの【朝会】の『後半』の時間。
重なっていた唇が離れるとそのまま首筋を這ってくる。
「ふふ、待ち遠しかったよ」
槇が耳元で囁く。俺は少しだけ拳を握った。
乱れたネクタイを整えていると、槇が軽く頬にキスしてきた。
「じゃあ。明日の放課後は執行部があるから、遅れないようにね」
うっすらと微笑んで、槇は先に教室を出た。一人残された俺はため息をついて、教室に飾られている歴代の生徒会長の写真を見た。もう卒業して十何年も経っているのに、今とそう変わらない蒼介さんの写真が、俺を見ていた。
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