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4.当主と庭師
俺には義父が二人いる。
一人は篁家当主の蒼介さん。そしてもう一人の義父は拓也さんだ。
拓也さんは篁家の専属庭師で、若い頃から庭師としての腕が良かったらしい。剪定だけではなくデザインも手がけている。篁家の自慢のイングリッシュガーデンは拓也さんのデザインだと聞いて驚いた。その時まだ二十代前半と聞いたからだ。
拓也さんが篁家に来た当初は蒼介さんと馬が合わずよく喧嘩していた、と祖父から聞いたことがあった。
そのうち少しは打ち解けた二人が、また距離を置くようになったのは、蒼介さんが見合いをした後。祖父は二人を心配していたそうだ。
そんな日々が続いたある日。蒼介さんは正式に見合いを断り生涯独身を貫く、と祖父に宣言したのだと言う。
その時に出たのが、俺の養子話。祖父からの申し出に、蒼介さんはある条件を出してきた。
無理強いして当主にしたくないから、篁家の話を充分にした上で来てほしいこと。そして父親が二人になると言うことを知って受け入れてほしい。これが条件だった。
蒼介さんと拓也さんが恋人になり、二人で生きていく決意をしたことに、祖父はこのとき初めて知ったという。
それまでに二人の間になにがあったのか、それはわからない。ただ祖父は蒼介さんの意志を尊重して、俺に条件と篁家の全てを教えてくれた。
そして俺はその条件を飲んだ。父親が二人だなんて別に関係ない。俺を案じてくれる祖父のためにも篁家の養子になりたかったのだ。
いつも穏やかで優しい色白の蒼介さんと、ワイルドでパワフルな小麦色の拓也さん。拓也さんがかなり年下の筈なのに、俺から見るに拓也さんの方が蒼介さんを引っ張っているように思う。
そして、数年前。この徳南学園の庭をデザインして整備したのは、拓也さんなのだ。
***
自慢の義父の庭を好きだと言ってくれた浅井に、俺は少し嬉しくなってしまった。
「俺も好きなんだ、この庭」
「あ…そ、そうだよね!素敵だよね」
浅井はポカンとしていたがやがて笑顔になった。そりゃそうだろう、俺の義父は一人だと思っているだろうから、浅井はきっと篁家当主が作ったのかと勘違いしていることだろう。
二人でしばらく庭を見ているうちに、そろそろ執行部へ行く時間となった。
「じゃあ、俺用事あるから」
「篁くん、登校するの早いんだね」
その言葉に、何故か全て見られている気がして、俺は一瞬、ギクリとした。浅井の何気ない一言。まさか生徒会長とあんなことしているなんて、知らない筈だ。
「ああ、たまに、執行部のことで」
「ふぅん。じゃあまた教室で!」
眩しいくらいの笑顔を見せる。さっきまで流れていた穏やかな時間が、一気に現実へと引き戻す。俺は浅井を残して槇の待つ部屋に向かった。
「どうしたの、篁くん。今日はご機嫌だね」
いつものように、耳たぶを舐めながら、槇がそんな事を言ってきた。
「…別に、何も…」
舐めながら話しかけるのは、やめてほしい。堪えている声を抑えられなくなるから。
「ディスカッション中もあまり、集中してなかったように思えたけど?」
「そんなことない」
槇の右手が俺の胸を弄る。五月くらいに始まった【朝会】はもう数ヶ月続いている。
初めはキスだけだった槇の行動は、そのうち舌を入れてきて、首筋を舐めて、耳たぶを弄り、今や体まで触れてくるようになってきた。
何故槇がこんな事をするのか、その理由を聞いたことはなかった。嫌悪感がないわけではない。ただ、抵抗することが「面倒臭い」。
この時間だけ我慢したらいいのだから。そう思いながら俺は今日も声が出そうになるのを我慢した。
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