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5.笑顔
庭で話をした日から、浅井から話しかけられるようになった。あまりクラスメイトと話していなかったから、ある日木村に『最近仲良しじゃん』と茶化された。
不思議なことに、うるさいと感じていた浅井の声がいまはうるさいと思わなくなっていた。よくしゃべり、良く笑う浅井に釣られてこっちも笑ってしまうことがある。
毎週木曜日の朝、浅井はいつも早くに庭を眺めていた。何故その曜日なのかは知らないがゆっくり眺められるらしい。
俺はいつのまにか【朝会】のない木曜日も早く出て、浅井と庭を眺めるようになっていた。
夏を過ぎて秋頃になると、ダリアやバラが咲き始めていた。浅井はバラの種類を俺に教えてくれる。
「あれがピース、あっちがボレロ。向こうの赤いのはブラックティー」
「良く覚えてるなあ」
「うん。バラが一番好きなんだ」
「へぇ。見かけによらずロマンチストだな」
「見かけは関係ないだろー!」
ベェ、と舌を出す浅井。笑っているうちに、俺は普通の高校生に戻れていると感じる。
篁家の跡取りでもなく、爛れた副会長でもない、普通の高校生に。
きっとこの浅井の笑顔がそうさせてくれるんだろう。不思議な魅力のある奴なんだな。
「篁くんは何の花が好きなの」
「俺?そうだなあ…クリスマスローズかな」
「クリスマスローズ?なんだか意外だな」
「なんとでも言え」
無意識に浅井の後頭部を叩くと、ヘラッと笑いながら抗議する。
毎週木曜日のこの時間が、なによりも楽しい。【朝会】のことも忘れられるくらいに。
庭から色がなくなった冬。教室でこっそりと浅井が『寒いから、当分の間、朝の庭はナシにしよ!』と言ってきた。
三年生に上がるためのテスト三昧でもあるし、そうだなと俺が答えると、浅井は少しだけ寂しそうな顔をした。自分が言い出したくせに。
すると背の低い浅井は俺を見上げ、そう言ってきた。
「三年生になっても、続けてくれる?」
最近では、庭の花を楽しみにしているというより、浅井と会うのが楽しみになっていたことに俺自身気づいていた。
「当たり前だろ」
ぽんと頭に手をやると、浅井は微笑んだ。
「仲良しこよししてるところゴメン!浅井、昨日の授業のノート見せて」
木村が突然割り込みしてきて、浅井に手を合わせていた。仕方ないなあ、と浅井は自分の席にノートを取りに行く。
俺がその様子を見ていると、トントンと木村が肩を叩いてきた。
「なあ、最近ほんとに仲良しだな。そんなに仲良くしてたら槇が妬くぞ。アイツが同じクラスじゃなくてよかったな」
ニマニマと笑う木村。槇の名前が出て俺は軽く睨みつける。
「槇が、なんだって」
「あー怖い怖い」
木村は槇に何かを聞いているのだろうか。
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