19 そしてもう一度妻に(夫に)恋をする

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19 そしてもう一度妻に(夫に)恋をする

 屋敷に着くとルネは長旅の疲れも見せずにテキパキと荷物を運び入れていく。この後すぐにフレデリックと共に王城に向かわなくてはならない。旅の軽装から着替える為に一度屋敷に戻ったがすぐに着替えを済ませると再び馬車に乗り込んだ。  あの日から結局王都に戻ってくるのに一ヶ月以上経ってしまっていた。それほどにフレデリックの怪我は酷いものだった。フレデリックの命を危険に晒した事を許す気はない。それでもジルベールの事だけは気の毒で気がかりだった。結局、ジルベールとジルベールの祖父は権力者達の思惑に振り回されただけ。それでも現状ヴィレリー辺境伯よりもミレーユよりも罪が重たくなってしまうのではと考えてしまうのは、侯爵夫人である自分を誘拐したジルベールなのではと思ってしまう。それを思うと、今から向かう場所は気が重くて仕方なかった。  王城で案内されたのは王の間や執務室ではなく、茶会の用意がされた庭だった。人払いができ、更に近づくものがいればすぐに気が付く事が出来るこの場所は内密の話をするのには最適な所だった。少し待つと陛下に続いてギレム本家の当主であるディミトリ、そして後ろを着いてきたのはモルガンだった。ディミトリはアナスタシア達が療養中に宰相の任を拝命していた。もともと前の宰相は前国王からその任に就いていた為かなりの高齢でずっと前から引退したいと申し出ていたのを、今回の事件をきっかけにディミトリの仕事振りが周囲の貴族達に認められ、代替わりをする運びとなったと聞かされたのは、ローレン家を出る直前だった。 「久しぶりだな! フレデリック、アナスタシア」  今から事件の処罰について話すという空気感を微塵も見せない国王に若干気が抜けながらも、立ち上がろうとしたこちらを見て手で制してきた。 「二人とも病み上がりだろう、無理をしなくていいぞ」  そういう気遣いが出来るのが国王の優しさなのだと思うと、今回の処罰についても心の中で期待している自分がいる。向かい合うようにして国王とディミトリが座った所で、ディミトリは周囲にいた使用人全てを下がらせた。何かあっても目に入る所には騎士達が控えてはいたが、フレデリックが側にいるし、フレデリックの副官だったモルガンも側にいる。最強の護衛に守られていると言っても過言ではなかった。お茶を飲み始めた国王を見ていると本当の茶会なのかと思ってしまうが、一息ついて顔を上げた国王の表情は真剣で思わず口に含んでいたお茶をごくりと飲んだ。 「今回の処遇についてだが、まず元ベルナンド侯爵夫人であるミレーユだが、実家の領地を生涯出る事を禁止とする処罰となった。それと今後貴族と結婚して権力を広げる事も禁止とした」 「それは庶民ならばいいという事でしょうか?」 「構わん。しかしその場合も報告を上げるよう言いつけてある。ミレーユは元々そこまで商売にはしようとしていなかったようだし、あの植物も自分の茶会に参加した夫人限定に売り渡していたようだった。その者達には夫含めてすで話をし、離婚された者達も一人や二人じゃない。肉欲に堕ちた代償と言う訳だな」  思った程の罰でなかった事にアナスタシアはほっと息をついた。 「続いてヴァレリー辺境伯だが、奴は爵位を剥奪。そして生涯幽閉の身となった」 「あの、他のヴァレリー家の者達はどうなるのでしょうか」 「皆平民へ身分を落とした。更に住む場所をばらばらにし、教える事もない」  ーー思いも寄らない一族離散。  先代の代からあの植物を私物化し、王家の転覆を図ったのだ。一体誰がどこまで関与しているのか最早分らないのだろう。そうとなれば正しい判断のように思えた。それでも皆知っている人達ばかりで、親しくしてきた者達もいる。その顔が脳裏を過ぎていく。不意に膝の上で固くしていた手を握り締められた。フレデリックはまっすぐに国王を見ている。アナスタシアもそれに習うように顔を上げた。全てを聞き終えるまで逃げないで受け止めなくてはいけない。 「しかしだな、辺境伯領は国の要となる場所だ。そこでこのモルガンに伯爵の爵位を与え、辺境伯に任命しようと思っている。戦争中も、今回の騒動にしても、爵位を与える働きは十分にしていると承知している。が、しかし本人の了承が今だ取れないんだ」  驚いたのは自分だけではなかったらしい。隣りにいるフレデリックも珍しく驚いた顔でモルガンを見ている。視線を受けて堪らなかったのか、モルガンはフレデリックの側に行くと膝を突いた。 「私は今も変わらずに主はフレデリック様だけだと思っております。そしてフレデリック様のお側に仕えたいと思う気持ちは変わっておりません。でももし、辺境伯領に行くことがフレデリック様の為になるのなら拝命しようと思っております」 「貴様は陛下の前でよくも堂々と……」  呆れたようなディミトリを宥めたのは国王の方だった。 「王命で従わせる事は出来る。でもそれでは信頼関係は生まれない。またこの様な事態を引き起こしてしまうとも限らない。だからお前達の信頼関係に賭けようと思った」  フレデリックはモルガンの肩を掴むと、顔を上げさせた。 「どんな時も俯くなと言ったはずだ。お前はどうしたい? 俺はお前と対等に肩を並べていきたいと思っている。だからお前の意思を尊重したい」 「私はフレデリック様のお側にいたいです」 「分かった。だそうです、陛下。モルガンの事はどうかお諦めください」  拍子抜けした者達の顔を見ながら平然とした顔のフレデリックは、モルガンに立つように言った。 「説得なさらないのですか? 私に辺境伯領に行った方がいいとはおっしゃらないのですか?」 「行きたくないんだろう? 無理強いする気はないぞ。お前が俺の側にいたいというのならそれでいいじゃないか」 「でもそうすればあの領地は荒れてしまいます。今こうしている間にも侵攻されるかもしれないし、賊に襲われるかもしれない。あの場所を守る事は国を守る事になるのではないですか?」 「そうだろうな。でもだからと言って無理やり行かされた者に何が出来る? いいじゃないか、お前はいままで通り俺のそばにいてくれ」 「ですからそれでは国が心配だと……ッ」  言いかけてモルガンは口を噤んだ。  「お前は最初、国には全く興味がなかったな。行き倒れていたお前をたまたま救った俺さえ側にいればいいと献身的に尽くしてくれていた。でも自分の中に起こる変化は決して悪い事じゃない。お前に大事なものが増えていくのが俺は何よりも嬉しいんだ」  モルガンは目を赤くして、唇を噛み締めていた。 「辺境伯領を治めるのは並大抵の事では務まらない。だからこそ、行くなら確固たる意思を持って欲しい。もう一度聞くぞ、お前はどうしたい?」  沈黙が流れる。そしてモルガンは一度深くフレデリックに頭を下げると、国王に向き直った。 「辺境伯の任、謹んでお受け致します」  そう言って再びフレデリックを見たモルガンは、親に許しを乞うような顔をしていた。そして頷いたフレデリックを見ると心底安堵した笑顔を向けた。  そして最後にまだジルベールの処遇が残っている。最後に回されているからこそ、より一層聞くのが怖くなる。分かっていると言わんばかりに国王は続けた。 「ギレム家の使用人ジルベールだが、率直にいうと自害した」  思わず口を覆う。国王は淡々と続けた。 「命を絶ったのは君達が目を覚ましたと教えてやった翌日だった。見つけた時にはすでに死んでいた」 「どうやってです? 捕らえていたのでしょう?」  フレデリックの語気が強くなる。 「あの植物の根の成分を濃縮した物を隠し持っていたらしい。おそらく、ヴァレリー伯爵に渡されていたのだろうな。アナスタシアかフレデリックに飲ませる為に。でも使わずに己に使用した。それが全てだ」  ディミトリは胸元から一通の手紙を取り出した。ぼろぼろになっているが宛名にはアナスタシアの名前が書かれている。封は開いていた。 「ジルベールがずっと持っていたものだ。封はされていなかったから中身は確認済みだ。アナスタシア宛てだから渡そう」  震える手で手紙を掴むと、そっと開いた。いつから持っていたのだろうか。紙は何度も読み返した様によれていた。不意に涙が流れていく。手紙の文は短かった。 ーー俺のじいちゃんは殺されたんです。  後に続く言葉をずっと考えていたのかもしれない。何度この事を打ち明けようとしていたのだろう。何度、その機会を無意識に無邪気に潰していたのだろう。考えれば考える程、息が苦しくて涙が溢れてきた。 「ジルベールは形式上は死罪という事になった。平民が貴族を誘拐し、命の危険に晒したんだ。お咎めなしは今後の為にもよくないからな。それともう一つ。ジルベールの祖父だが王都に向けて無実だという掲示を出した。王城に危険な植物を持ち込んだのはジルベールの祖父ではなく、ヴァレリー辺境伯だという文を付けてな」  国王は清々しそうに冷めたお茶を口に含んだ。 「そんな事をしてはいくら罰したとしても貴族への不満が募るのでは?」 「私もそう申し上げたんだが、陛下はこれでいいと仰ってくださった」 「ジルベールもいない今、二人きりの家族だったというし、その掲示は不要なものかもしれないがな」 「そんな事ありません! きっと、きっとジルベールも喜んでいます」  国王はふっと笑みを浮かべると立ち上がり、ここへ来た時と同じ様に去っていった。  侍女に身体を丁寧に磨かれた後、熱い身体を冷ます為にも落ち着かない気持ちで窓に張り付いていた。ひんやりとした感覚に昂ぶっていた心臓が徐々に落ち着きを取り戻していく。その時、扉が叩かれた。 「入ってもいいか?」  急いで扉の前に行くと、フレデリックはいつもより軽装だがちゃんと服を着ていた。とっさに薄い夜着の上にガウンを羽織っていただけの自分の格好に恥ずかしさが押し寄せてくる。胸元を引き寄せると、身体を滑らせるように入ってきたフレデリックからは石鹸の匂いがした。 「湯浴みをされたのですか?」  思わず聞くと、振り返らないままそっけない返事をしてきた。そのまま机の上に置いていたジルベールの手紙を手に取っていた。 「これを見ていたのか?」 「これはジルベールの心の叫びだと思っています。側にいたのに拾えなかった私が一生背負うものだと思っています」  用意していたポットに手を掛けた所でその手を掴まれた。 「そんなつもりで書いたんではないと思うけどな。……今ここに二人でいるのは奇跡だと思っている。無事だったからいいじゃないかとは到底思えないんだ。だからジルベールには同情するが誰であろうとアンを奪う奴は許せないよ。それに、俺以外の事をずっと心に留めておくなんてやめてくれ」  見上げたフレデリックの顔は真っ赤だった。 「そういう意味ではありませんよ?」 「っ、十分わかっている。あまり見ないでくれ」  そういうとソファに浅く座った。前に手を組む様にして顔を隠しているフレデリックに困惑しながらお茶を淹れると、そっと前に差し出した。 「あの、フレデリック様?」  顔を上げようとしないフレデリックから少し離れて立とうとした瞬間、一気に上げられた顔は元のフレデリックに戻っていた。ほっとして近づくと腕を掴まれ引き寄せられる。思わずフレデリックの胸に飛び込む形になってしまう。立ち上がろうとしたが、後頭部を掴まれて硬い胸に押し付けられたまま身動きが取れなかった。そして初めてフレデリックの心臓が激しく鼓動を打っているのが聞こえた。 「みっともないだろう? こんなに緊張もするし、無様に嫉妬もするなんて」  気のせいか声も上ずっている気がする。なんとか上を見ようと身じろぐと、後頭部を押さえていた手の力が僅かに弱まった。そのすきに胸に腕をついて顔を上げた。 「いつも嫉妬するのも、緊張するのも私だけだと思っていました。ですから不謹慎ですが、私嬉しいです」  すると腕が背中に絡みついて再び強く抱き締められた。肺から空気が押し出されるのではと思う程の熱い抱擁を受け入れると、フレデリックは縋るように首に顔を埋めてきた。 「本当にすまなかった。沢山辛い想いをさせた事を後悔している。本当に……」  声が震えている。アナスタシアは子供をあやすように少し硬い髪を楽しむように頭を撫でた。 「フレデリック様、追いかけてきてくれてありがとうございました。あの時は記憶がまだ戻っていなかったはずなのに、私本当に嬉しかったんです」 「俺は記憶がなくても気がつくと君をまた愛し始めていた。それを認めるのが怖かったのかもしれない。いや、別に認めたくなかったと言う訳じゃないぞ」 「分かっていますよ。フレデリック様はお優しい方ですから」 「……多分、色んな事が信用出来なくなっていたんだと思う。戦争は本当に酷いものだった。無念のまま死んでいった者達がいて、沢山の命を奪った自分が幸せになっていいのか分からなくなっていた。戦わなくては自分が死んでしまうが、戦えば戦うほどに沢山の葛藤が生まれていった。その塵は心の中で積もっていき、いつしか越えられないほどの山となっていったように思う。それに俺のいない間も君の生活は続いていて、もう俺の事など忘れてしまっているんじゃないかと何度も思っていた。色んな事が頭の中を一杯にして、本当に大事なものを見失っていたんだ。俺は誰を、何を守りたかったのか。君を失うかもしれないと思って初めて分かった」 「……なぜ戦争の最前線へ志願されたのかお伺いしても宜しいですか?」  ずっと、何年も聞けなかった事。言えなかった事がようやく口を滑り出ていく。その代わり、どんな答えが返ってきても受け止めるという思いでフレデリックの大きな身体を抱き締めた。 「あの時はお互いにまだ若かったという事を踏まえて聞いて欲しい。その、決して責任を感じてほしくはないんだが、君が昔ぽろりと本音を溢した事があったんだ。将来が不安だと」 「将来、ですか? 記憶にありませんが……」 「義姉さんと話をしていた時だったと思う。確か兄さん夫婦に一人目の子供が生まれて二人で領地に会いに行った時だ」  するとアナスタシアは、目を瞬いた。 「別に気しなくていいと言っだろう? 不安に思うのは仕方ない事だ。だから俺は爵位を賜るべく功績を作ろうと思った」 「待ってくださいフレデリック様! それは勘違いです!」  今度はフレデリックが目を瞬く番だった。 「勘違い?」 「私は何もフレデリック様との事を不安だと言った訳ではありません。特別秀でた所のない私は自分に自信がありませんでした。だから素敵なフレデリック様が私を選んでくれたのも一時の気の迷いだと思いました。ミレーユ様を失ったからだと。全ては自分に自信が持てないから、フレデリック様の好意も信じる事が出来なかったんだと思います」 「それじゃあ俺に愛想を尽かされるかもしれないという不安、という訳だったのか?」  腰に回った腕から力が抜けていく。とっさに肩を掴んだ。 「申し訳ございませんフレデリック様。私が不安をちゃんとお話出来ていれば良かったです」 「そうじゃないだろ。出来なかったから義姉さんに相談したんだよ。それに、それを言うなら俺も同じだ。君に確かめる事が出来なかった。面と向かって聞く事が怖かったんだ。結婚を無理強いした自覚はあったから」  少し離れて目を見合わせる。そしてどちらとともなく、ふっと笑い合った。 「俺達、二人共自信がなかったんだな」 「そうみたいですね」 「だから俺は戦場へ行き、君は事業を始めた。互いの為に何かをしようとして」  緩んでいた腰に回っていた腕に再び力が戻ってくる。アナスタシアも肩に置いていた手をしっかりした首に回した。  「随分と遠回りしてしまったようだ」 「でもこれで良かったとも思います」  するとフレデリックは目を細めて頷いた。触れ合うだけの口付けを何度かすると、離れた目には、さっきまでなかった熱が宿っていた。 「愛しているよ、アナスタシア」 「私もです、愛しています。フレデリック様」  軽々と持ち上げられた身体を奥の部屋の寝台へとそっと置かれる。ランプの小さな灯りに照らされた頬に大きな手がそっと撫でるように過ぎていく。しばらく見つめられた後、頬の横に肘を着いて顔を埋めてしまった。体重は掛けないようにしているがそれなりに重い。どうしたのかと背中に手を回すと、耳元で小さな溜め息が漏れた。 「愛しているんだ。本当に。だからこそ俺は自分が許せない。君の記憶を失った事も、その後の事も。俺こそいつか愛想を尽かされてしまうんじゃないかと、今だって不安で堪らないんだよ」 「先の事は分かりませんからね」  すると抱きしめていた大きな体がびくりと跳ねた。 「私はこの先あなたよりもずっと好きな人が出来るかもしれません。だからそうなったらきっとフレデリック様を放おっておいてしまうかもしれませんよ」  ぐいっと顔を上げたフレデリックは不機嫌そうに顔を顰めていた。 「それは他に誰か気になる男がいるということか?」  フレデリックの両頬を手で挟んだ。 「男か女か、これから出来るかもしれないという意味ですよ。私が子育てで忙しくなった時、拗ねないでくださいね? ディミトリ様は拗ねていたようですから」  すると深い口付けが落ちてきた。そのまま優しくも激しい口付けを受け入れる。何度も何度も舌を絡ませていく。どちらかともなく追いかけ擦り合わせていくと、吸い取るように舌を吸われ、唇を食まれて離れた。いつの間にか息が上がっていた胸の上を優しく熱い手が通り過ぎていく。 「今他の男の名前は口にするな。誰であっても」  夜着の上から両手で包まれるように乳房が揺れる。そのたびに掌に擦られた頂きからくる心地よさに思わず声が出そうになった。唇をきつく結ぶと開くようにぺろりと舐められた。見上げてくるフレデリックは目眩がしそうな程強烈な色気を放っていた。動く度にしなやかな筋肉が波打つ。すっぽりと隠れてしまう程の背中を撫でながら揺さぶられるままに夢中で頂きを口に含んでいるフレデリックの頭を撫でる。それでも次第に服の上からの刺激に堪らなくなってきた頃、大きな手で腰を撫でられた。 「……腰、動いているぞ。物足りなかったか?」  分かっているとばかりに夜着が捲られる。そのまま一気に脱がされた服を丁寧に寝台の横に置くと、フレデリックもそのまま上のシャツを脱ぎ落とした。再び屈んでくる胸を無意識に手で押さえてしまう。じっと見つめていると不思議そうにフレデリックが首を傾げた。 「怖い?」 「そうではなくて、その、下はよろしいのですか?」   シャツは脱いだがスラックスは履いたまま。自分は全てを晒してしまったのだから、フレデリックにもそうして欲しいという想いから言った言葉だったが、フレデリックは苦しそうな顔をしてからスラックスに手を掛けた。 「もう止められないからな」  床にスラックスが落とされ、不意に目に入ったものに目を逸らす。それでも腿の辺りに熱くて硬いものが主張して当たっていた。 「怖がらないようにと思っていたのに」  その間にも体中に無数の口付けが落ちてくる。恥ずかしくて背を向けると、今度は余す事なく舐めるように舌が背中を這った。 「はうッ」  びくりとして身体を逸らすと、後ろから顎を掬われて振り向きざまに口付けをする。激しく貪るような口付けだった。離れた二人の間からねっとりとした糸が伸びていく。向かい合う様に身体を戻すと、掌で下肢を擦られながら、次第に秘部に手が進んでいく。びくりと身体が震えたが、そのままフレデリックの指を受け入れた。 「待ち望んでくれていたようで嬉しいよ」   上半身を起こした状態で片腕で抱き締められながら、フレデリックの顔を胸に抱くような格好のまま秘部をゆっくりと擦られた。蜜を纏った指が何度から往復した後、上にある粒を擦っては離れていく。アナスタシアはその感覚を追いかけるように腰を揺らしていた。 「俺にもっと触って欲しい?」 「は……い。フレデリック様の手は、とても安心します」 「俺の手は? まさか他の手も知っている?」 「そういう意味ではなくてッ」 「……っふ、ごめん。意地悪だったな。どうやら君の事になると俺は心が狭くなるらしい」  離れていた手が再び敏感な粒に戻ってきて優しく撫で始めていく。アナスタシアは堪らなくなって、口からは止められない甘い声が漏れ出ていた。もう止める事も考えてはいない。ただフレデリックが与えてくれる快楽に頭が一杯になっていく。ぬるぬると動いていた指はいつしか動きを小刻みにして、少し強まった指を受け入れるようにフレデリックにしがみついた。何かが弾けたように腰が痙攣して動く。フレデリックはしばらくして押し付けていた指を離すと、下の方へ撫でるように動き、蜜口に指を沈めた。 「待って、待って、ください」 「なぜ? こんなにも物欲しそうに指に吸い付いてきているのに?」  懇願するように下から啄むように唇に何度も甘い口付けが襲ってくる。下唇を引っ張られるようにした口付けを最後にフレデリックは下がると、膝を掴んで秘部に頭を沈めてしまった。 「フレデリック様、いけません! そんなところ……っ」  ぬるりとした熱い感覚にアナスタシアは背中を反らせた。 「指が嫌ならこれしかないだろう? まだ解さないと俺のは辛いだろうから」  そう言いわれると息がかかり、そのまま舌で押し広げられた。 「っつ、ああ!」   舌はついさっき強烈な快感を受けた場所に移動し、再び指が入ってくる。怖いとは思わない。それよりも期待の方が強く心を締めている。指は何度か出し入れされて中を擦ってくる。すると、身体が弾かれたような感覚のする場所を擦った。フレデリックはその反応を見逃さずに、その場所を指の腹で擦ってくる。それと同時に舌は絶え間なく粒を押し舐めており、アナスタシアはシーツを掴みながら過ぎた快感から逃れようと上にずれようとした。 「俺から逃げるのか?」  顔を上げたフレデリックは優しい手付きで乱れた髪を顔から避けてくれる。その口元はぬらりと濡れていて、恥ずかしさに胸が高鳴りながらも目を逸らすことが出来なかった。再びフレデリックが顔を埋める。今度はその頭を撫でながら送り込まれる快楽を受け止めた。激しい水音が部屋中に響いている。何度も自分のものではないような甘い声が喉から漏れ出ていく。どんどん何かがお腹の方に向かって上がってくる。そのまま身体を激しく痙攣させてアナスタシアはぐったりと倒れた。 「……もう限界だ」  力の抜けた身体を投げ出していると、快楽だけを送り続けられた秘部に熱いものが押し当てられる。はっとして顔を上げると、切ない顔をしたフレデリックと目が合った。 「愛している、アナスタシアだけなんだ」  そう言いながらフレデリックは腰を押し進めた。 「フレデリックさま、私も、フレデリックさまだけですっ」  熱い楔を打ち込まれ、アナスタシアは仰け反りながら息を止めた。フレデリックは苦しそうにしながらも下腹部を優しく撫でてくる。時折眉を寄せながら気遣うように口付けをしてきた。 「辛くないか?」 「フレデリック様の方がお辛そうです」 「動いても?」  アナスタシアがこくりと頷くと、嬉しそうに一度軽く口付けをし、そのまま腰を掴んでゆるりと腰をゆすり始めた。アナスタシアはされるがまま身体を揺さぶられ、嬌声を上げるしか出来ない。それでも愛しいフレデリックの姿を見つめながら腰を掴む逞しい腕に触れた。目が合ったままフレデリックが腰を動かすのを速めていく。その時、フレデリックの熱く太いものがどこかを掠めた。その瞬間、一際大きな声が口から溢れた。フレデリックは角度を変えてその場所を執拗に責めてくる。声は止まらずひたすら喘いだ後、何度目かの絶頂を迎えようとしていた。先程よりも深い快楽の感覚に腕を掴む力を込めてしまう。フレデリックはそれに答える様に抱きしめてきた。 「愛しているッ」  アナスタシアは返事が出来ない代わりに、首を引き寄せて甘い甘い声を耳に送り込んだ。その瞬間、フレデリックの腰が一際大きく叩きつけられた。その衝撃でアナスタシアも身体を震わせる。二人でしばらく動けないまま抱き合い呼吸が落ち着いてきた頃、ゆっくりと起き上がって離れていくフレデリックの身体にしがみついた。 「フレデリック様、私も愛しています」  さっき答えられなかった言葉に返事をすると、意識が遠退いていった。  フレデリックはゆっくりと身体を離しながら、アナスタシアの身体に埋めていた自身の一部を抜き抜く。意識を失ってしまったアナスタシアの頬を撫でながら、とろりとした秘部をシーツでそっと拭いた。 「このままじゃ毎日抱き潰してしまうな」  苦笑しながら幸せな寝息を立てるアナスタシアに毛布をかけてそっと抱き締めた。本当は身体を清めてやらなくてはいけない。それでも今は自分の匂いだけに塗れたアナスタシアを見つめていたかった。自分勝手に離れていたこの六年と、記憶を失ってからの日々をよく捨てないでいてくれたと思う。申し訳なさと愛しさで胸が張り裂けそうだった。起こさないように、抱きしめているのにまだ足りなくて更に力を込めると、アナスタシアはふにゃりと頬を緩めて頭を喉に擦り付けてきた。その全てが愛しくて堪らない。 「一生分の愛を君に捧げるよ」  今はまだ夢の中のアナスタシアに呟くと、フレデリックもそっと目を閉じた。  王都の掲示板には十年前に王城で起きた事件の真相が最近になって動いた事を示す内容が書かれていた。集まった人々は口々に貴族達の横暴を罵り、悪態をついている。その群衆から、小さな荷物を持った一人の男が抜け出ると人々から離れるように歩き出した。人通りの少なくなった脇道に立っていたモルガンはすれ違いざまに、小さな袋を押し渡した。 「とある高貴な御方からです」   男は袋に触れかけて中に入っている物に気が付いたのか、手を引っ込めた。 「そんなものもらえない! 何を考えているんだ、本当に」 「高貴なお方のお心は私にも分かりません。ですが私も伯爵の爵位を賜ったので、これから出発します。あなたはどうしますか? 共に来ますか? 今までのあなたは死んだんです。もし共に来るのなら新たな名を与えますよ?」 「あんた達、本当に何を考えているんだよ! 俺を恨んでいないのか?」 「怒ってはいますよ。私の大切な主を危険に晒したのです。でも幸いに生きています。今までの私なら許さなかったでしょうが、人は変わるものです。だからあなたも」  男は眉を寄せて荷物を抱く様に歩き出した。モルガンはその荷物の上に小袋を乗せた。 「いつか必要になる旅費だとでも思ってください」  淡々と言うとモルガンは踵を返して、暗い路地から騒がしく明るい大通りへと出ていった。
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